王様の耳はロバの耳

言いたいけど言えないからここにうずめる

『進撃の巨人 -the Musical-』配信感想とハンジさんのこと

配信で『進撃の巨人 -the Musical-』を観ました。
私は幹部組が大好きなのですが……最高でした……


このブログは木村達成さんとハイキューの記事がほとんどなのですが、そもそもが
進撃アニメ1期を見る→幹部組にハマる→リヴァイ役の神谷さんが出るのでハイキューアニメ1期を見る→あるタイミングでハイキュー原作とアニメにどハマりする→ハイキュー舞台も見る→影山役の木村達成さんの沼に突っ込む
という流れなので、進撃がこのブログの生みの親であると言っても過言ではないんですよね……(?)





以下、ネタバレありの感想です。






幹部組

⚫︎ エルヴィン・スミス(大野拓朗さん)
情報解禁の瞬間から私の心の中の「このキャスティングがすごい!2023」にノミネートされていましたが、配信を見て暫定一位に躍り出ました。
大野さんが2020年にレオ役(井上芳雄さんの相棒)を演じていた、最低で最高のコメディミュージカル『プロデューサーズ』を観たことがあるのですが、当時このような感想を書いていました。

大野さんの方は歌やダンスも端整で井上さんとよく色が馴染んでいて、そのザ・グランドミュージカル的統一感が逆に台詞のバカバカしさを増して「東宝謹製 最低ミュージカル」という趣がありました。

ミュージカル『プロデューサーズ』感想メモ(11/11&11/14) - 王様の耳はロバの耳


(ここだけ抜き出すと語弊がありますが大野さんのことも東宝さんのこともめちゃくちゃ褒めてます)


この!!コメディにも抜群に映える端整さが!!「エルヴィン・スミスという男」を歌だけで魅せてしまうという偉業に繋がるだなんてあの時の私は考えもしなかった…!!!負けた…!!!!!何かに負けた。心地よい敗北感。
エルヴィン歌うまーと思ってたら内容聞けてなかったのでもう一回千秋楽の配信買って見てしまうかもしれない。



⚫︎ リヴァイ(松田凌さん)
口角が神谷浩史
いや自分でも何言ってるかわかんないんですけど…
2.5次元舞台って「声帯が〇〇(声優さん)…!?」(例:「影山役の木村達成さん、声帯が石川界人さんでは…!?」)ってことがたまにあってビジュアルだけじゃなくて声まで本物とかどういうことなの……ってなるんだけど、松田さんは声帯は神谷浩史さんじゃないのに喋り方がすごいリヴァイで、口角…?口角の動きとかなの……??となりました。多分口角だけじゃなくて顔や首全体のいろんなところを駆使する技術なんだろうな……2.5次元ってほんとすごいな……。
松田さんは東リべのマイキーなど何度か拝見したことがあって、どの役もかっこいいんだけど全っっっっ然違うかっこよさなのですごい。かっこいいの表現っていろんな種類があると思うけど松田さん一人で全種類コンプできそう。それくらい違う。
あとリヴァイの潔癖が小ネタ的に仕込まれなかったのがほんと良かったと思う。この作品の作り手のみなさまが信頼できる…と感じた点の一つです。



⚫︎ ハンジ・ゾエ(立道梨緒奈さん)
ハンジーーーーッッッッッ俺だーーーーッッッッッ
と遠くから叫びたくなるくらいハンジさんでした。私ほんとハンジさんが好きなので……情報解禁の時すぐググってこの方なら最高のハンジさんを作り上げてくださると思ってガッツポーズしました。あと、すごい余談だけど一瞬推しに見紛うた。



ハンジ役の立道梨緒奈さん


推しの木村達成さん




お二方とも綺麗なお顔だなって…………


一口にハンジさんと言っても、原作ハンジさんとアニメハンジさん(さらにWITハンジさんとMAPPAハンジさんがいる)と実写映画ハンジさん(石原さとみさん)がいてどのハンジさんも大好きなんですが、ミュハンジさんはその中でもかなり原作ハンジさん寄りのように感じましてそこがまた最高に良かったです、いやハンジさんはどのハンジさんも最高なんですけどね……


幹部組の出番の増やし方も良かったなあ……ハンジさんが講義の特別講師やってるのとか3人で訓練見に来るのとか、「pixivで見た」、そんな気さえしましたね……
あっ、ただピクシス司令のくだりがエルヴィンになるのは予想外でした、この先どうやって話をまとめるんだろう!?!?と思ったら打ち切りエンドみたいなところで終わってしまって「ええええええ!!!!!!!!!」ってなりました。でも原作の展開を知ってる人なら10人が10人「ええええええ!!!!!!!!!」ってなるような終わり方してもマイナスな印象になってないのは本当にすごいと思う、あれが「まとめられなくなって匙を投げたのではない」と信じられるほど作品が丁寧に作られていると感じたので……
あのミュハンジさんがゴーグル上げた状態で歌うとこ、ゴーグル外してるのもパート分けも解釈大一致で最高だったな……



104期

⚫︎ エレン(岡宮来夢さん)、アルミン(小西詠斗さん)、ミカサ(高月彩良さん)
岡宮さん、お噂はかねがね……!!!本当に歌が上手い。この作品だけ見ると主人公をやるために生まれてきた方なのでは…?と思ってしまうくらい。その意味でエレンと重なってほんとハマり役だと思いました。
小西さん、何度か拝見したことがあるのですが、こんな役もできるのだなあ…!!と驚きでした。アルミンのあの見事な敬礼のシーンが際立たなければこの作品全体が成り立たないですもんね。
高月さん、舞台という場所で一番表現が難しそうな役なのにめっっちゃくちゃミカサで感動しました。2.5次元ってミカサですら顕現させられちゃうんだ…!!!!って、今回の舞台で一番びっくりしたかも。



⚫︎ ジャン(福澤侑さん)、マルコ(泰江和明さん)
福澤さんのダンスはいつもうちわ振りたくなる。ほんっっっっとかっこいい。そして難儀な子の役が本当に上手いなあと。
泰江さん、初めて拝見したのですが発光されていて歌もキラキラしていて「うわっ、マルコってこんな子だったんだ」とあらためて気付かされました。
福澤ジャンと泰江マルコのシンメ感も絶妙だった。



⚫︎ コニー(中西智也さん)、サシャ(星波さん)
クロバット的な動きしてたの、中西さんで合ってますか!?すごかった!!!コニーとサシャが運動神経抜群な感じで踊ってるのめちゃくちゃ良かったなあ。全体的に歌、ダンス、アクロバット、アクションとそれぞれの得意分野で舞台上のみなさまが存分に輝いていて見ていて気持ちが良かったです。
あとサシャの芋のシーン、舌打ちとか笑顔とかちゃんとカメラさん抜いてくれてありがとうって感じでした、サシャのサシャっぽさすごかった。サシャでしかなかった。




いろいろ
  • 大人組のみなさまやアンサンブルのみなさまもとっても良かったです。お母さんのシーン泣いちゃったな……
  • 相手が巨人ではあるのだけど、「圧倒的な力に蹂躙される民衆」や「蜂起する弱き者たち」が歌うのでレミゼやエリザなどに共通するものを感じました。序盤で名も無き市民にスポットを当てたことで、ここで描かれている世界は“我々の生きる世界とそう変わらないかもしれない”ことが浮き彫りになったのは没入感の上でも物語理解の上でも大きかったと思う。ミュージカルのジャンルとしてはアタタミュ(ミュージカル 『フィスト・オブ・ノーススター~北斗の拳~』)がかなり近いのでは…と思いました。アタタミュの方は原作未読なのでインプットとアウトプットの面で比べることはできないけれど、同時代にこの二つの漫画がミュージカル化されたことは興味深い。アタタミュは子どもは守られるべき希望である、という前提があったように思うけど、進撃ミュは子どもですら役に立たなければ生きていけないみたいな状況になっていて、よりシビアに現代の我々の価値観を問われている気がしますね……
  • 「歌うならここだよね!!!」というところで歌ってくれるので違和感がなかった。「歌ってる場合か!?」と突っ込みたくならないのでありがたい。たとえ誰かが突っ込んでも私が「歌ってる場合ですよ!!!」って言い返したい。
  • 世界観を魅せるための装置が映像とアナログ半々くらいで、そのギミック同士も綺麗に融合していて良かった。
  • 配信じゃなくて劇場で見たら巨人や歌の迫力などもっと凄かっただろうなと思わせてくれて良かった。生で観たかった。
  • さっきも書いたけど「潔癖なリヴァイ」とか、「奇行種なハンジさん」とか、安易に原作やアニメから派生したオモシロネタにされて変な空気の時間ができる可能性があったわけじゃないですか、それがないっていうのがほんとうにすごいと思うんですよ…!!「原作のイメージや雰囲気を損なわない」ということがいかに難しいかをよく思い知るので、蛇足に感じられる箇所がなく、緊張が無駄に緩むこともなくここまで原作の空気感をそのまま再現させたのは本当にすごいことだなあと思います。

このカンパニーのみなさまでぜひこの続きを見たいです。どう展開させるのか難しいところではあるけれど、やるとなればきっとやり遂げてくれるのではないかという信頼感がある。
個人的にはすごく理想的な2.5次元化だったなあ、と思いました。






ミュージカルの感想、おしまい。


ここからは舞台関係ないのですが、原作の最終回後に書いた「印象に残ったハンジさんの台詞」についての文章の切れ端をここで供養させていただきたく……記事としてブログにアップしようと思って結構書いたのに結局クソデカ感情すぎて書ききれずボツになってた代物です。
私がいかにハンジさんが好きかって話です……
ここにも書いてるんですけど、私の好きなハンジさんの「ちょっと芝居がかった感じ」を立道さんがものすごくそのまんま体現してくださっていて本当に最高でした。ありがとうございました。


※ 未アニメ化部分のネタバレがあります。


===

「あぁ…やめよう 見たわけでもない二千年前のいざこざ話なんて退屈だ」
(第127話「終末の夜」)

かっこいいなあ。
地鳴らし発動後にマーレ勢とパラディ勢が集まった夜、
お互いの加害について言い合いになったジャンとマガトを止める際に発した言葉です。



ここで個人的に好きな要素は3つほどあって、

1.「見たわけでもない」という言葉に垣間見える科学者的な側面
2.「いざこざ」「退屈」という表現から伝わる静かな怒り
3.ちょっと芝居がかった言い回しに滲むハンジさんらしい雰囲気

このあたりにグッとるのです。
細かく語ります。




1.「見たわけでもない」という言葉に垣間見える科学者的な側面
まず一つめ。
進撃の巨人で描かれたハンジさんは、常に「わからないもの」に対し「自分が実際に見たこと・観測したこと」に基づいて真摯に向き合ってきた人でした。それは「巨人が異常に軽い」ということに気づき巨人の研究を始めた初期のエピソードにも簡潔に表れています。恐れや憎しみに屈することなく、観測された事実に基づき仮説を立て実験により検証、考察を重ねる「巨人博士(byピークちゃん)」。
相手が巨人から世界に変わってからもその姿勢は一貫していて、「だから…会いに行こう わからないものがあれば理解しに行けばいい それが調査兵団だろ?」と呼びかけるハンジさんは本当にまぶしかったですね。私はあの時のリヴァイさんの目を見張るような表情が大好きで……彼はあの時ハンジさんの中にエルヴィン団長を見つけたと同時に、ハンジ団長を発見したのだと思うのですよね……
私だったら「もう知るかー!!!!」ってなってる。すべてを捨ててカルディに行ってTwitterで見かけた美味しそうなものを買って帰る。
でもハンジさんは最後まで科学的で、理性的で、逃げない人だったなあと…



前述の言葉は、このハンジさんの科学者的側面がこの「話し合い」の場面でも表れた形なのだと思っています。
ハンジさんはこう続けます。
「私達は…外の世界で数か月暮らした」「もう何も知らない島の悪魔には戻れない」
真実かどうかわからないことで言い争う時間はもう残されていないから、自分の目で見たもの、知ったこと、今こうして向かい合っていること、そうした「今の私たちの真実」に立脚して話を始めよう、と、呼びかけているように思えます。
「過去」の時間軸に行ってしまいそうになったシチューの場を、「今」そして「現実」に戻す言葉でした。



2.「いざこざ」「退屈」という表現から伝わる静かな怒り
二つめ。
この一触即発の場面でマガトが持ち出した「二千年の歴史」を、「いざこざ話」という表現で大雑把に再評価し、さらにそれを「退屈」だと断じたところにハンジさんの静かな怒りを感じました。
しかしハンジさんはその怒りをあらわにはせず、マガトへの牽制のみにとどめ、さらに彼の心情に一定の理解を示して見せた。シチュー会の「ホスト」であり「(子どもがほとんどの集団の中における数少ない)大人」であるハンジさんがマガトの挑発に乗れば、最後の望みである言葉での話し合いの場が破綻しかねないですしね……そんなハンジさんも、それに応えて感情を抑えたジャンもえらいなあと思いますね……私だったらマガトのシチューにカレー入れてる


私には、ハンジさんは科学者でありながら理性と感情(特に怒り)の狭間で揺れ続けた人という印象があります。
壁の上でニック司祭に詰め寄った時も、サネスに腹を立てた時も、新聞屋に乗り込んだ時も、キースに突っかった時も、そしてイェーガー派のクーデターにより四面楚歌に陥った時も、ハンジさんは怒り、悲しみ、しかし自棄になることなくその感情を呑み込んで次なる行動への推進力へと変えてきた。「まだ調べることがある」と感情に打ち克つ知識を追い求め、自らのモチベーションを保ち続けた。すごい。それを経てのマガトの嫌味、もはや取るに足らなかったんだろうな……。
見習いたいです。




3.ちょっと芝居がかった言い回しに滲むハンジさんらしい雰囲気
三つめ。
「今そんなことしてる場合じゃないでしょ」的なことを伝えるために「〜なんて退屈だ」と婉曲な表現を使う、このちょっと芝居がかった言い回しがすごくハンジさんっぽいなあと。
どこがハンジさんっぽいのかうまくいえないんですけど、なんかあるじゃないですか結構深刻なシーンでも若干浮くみたいなハンジさんの空気感が……「みんなで力を合わせよう ってヤツを」とか。本人はふざけてるわけじゃなくて大真面目なのにちょっと場の雰囲気にそぐわなかったりする時空のズレみたいのが……あれが好きなんです。便利な和ませ要員とかギャグ要員とかじゃないんですよね(そう見える人がいないのも進撃のすごいところだと思っている)。ハンジさんはそういうひとなんだ。そこが愛しいんだ。



ひとつの台詞でこんなにハンジさんの「良さ」がつまってるの最高じゃないですか???







「変えたのは私達じゃないよ 一人一人の選択が この世界を変えたんだ」
(第61話「回答」)


クーデターが成功したことを伝えた際、リヴァイに「一体どんな手を使った?」と聞かれた時の答えです。
科学者であることとか、義憤を抱えて生きていることとか、あの雰囲気とか、に並び立つ、ハンジさんの好きなところ。
それは、個々人の選択を尊重しているように感じられるところです。
それがよく表れていると思う描写がおおまかにふたつあって、
ひとつは、ハンジさんは演説を打たない。
もうひとつは、ハンジさんは説得が下手。


私は、進撃の巨人という漫画の大きな見所のひとつは登場人物たちの「演説」シーンだと思っています。
彼らは、危機を前にして演説を振るい、集団(そこには読者である私が含まれる)を煽り、一つの方向に考えを変容させ、行動させる。
語ったら記事が終わらないのでやめますが、というかみなさんご存じだと思いますが、その人心掌握の才においてエルヴィン団長は本当にすごいんですよ……
そしてヴィリー・タイバーやアルミン、補給所奪還時のミカサ、ピクシス指令……名演説を挙げればきりがありません。
印象的だったのは、ケニーの部下であるクルトガですら、地下神殿で調査兵団を迎え撃つときに仲間たちを鼓舞していたこと。読者である私自身が彼ら彼女らの演説に心を突き動かされるのを疑似体験したからこそ、こう思います。
「リーダーによるビジョンの共有と士気の鼓舞は必要」。
いやーだってリーダーが何考えてるかわかんないプロジェクトはなかなかやりにくいし……



ところが、です。
第14代調査兵団団長にもなったハンジさんについては、たぶん大勢の前で演説を振るう場面は描かれていないのです。たぶん。ちゃんと読み返さないとわからないけれど。あったらすみません…


演説で大勢の人々を導くような描写があれば、私はそこに一定の「長らしさ」を感じたと思うのですが、それがなかったこともあり、個人的にはなんとなくハンジさんは団の長にはそんなに向いてないような印象がありました。
現場の超すごい技術者さんが、属する集団にスペシャリストを正当に評価するキャリアパスがないがゆえにあんま向いてないマネジメントをやらなきゃいけなくなって自分の手を動かせなくなっていくのを見ているみたいな…



リーブス会長のご遺体を前に正直な思いを寄せ、夫人らの敵意を緩ませることのできたエルヴィンのような人であれば、イェーガー派に思いとどまらせることもできたのでは……?と思うこともありました。
(でもそもそもハンジさんを班長にまで引き上げたのはエルヴィンだと私は勝手に思っててそのエルヴィンが後継者に任命したのだから「その後」の調査兵団にとって演説の才はハンジさんの資質ほどには重要ではないと彼自身は踏んでいたのだと思う)(ここまで息継ぎなし)




さらに、ハンジさんは個人に対する説得についてもあまり得意ではないような描写が多かったように思います。
リーブス会長の息子であるフレーゲルや、新聞屋のロイも、ハンジさんの言葉による説得だけでは翻意には至りませんでした。
この点、リヴァイ兵長の方が意外と説得、というか交渉に長けていたな……と思います。対リーブス会長、対マガトなど、自身の手の内を晒し、相手のメリットデメリットを提示して選択させる。
一方でハンジさんは、フレーゲルに自分の価値観を半ば押し付けるような形で選択を迫り、「は!?そりゃあんたらの都合だろ!?」と突っぱねられていました。
そしてこう言ったのです。
「当たり前だ!!お前も自分の都合を通してみろ!!」


……これです!!これがハンジさんの軸みたいなもののひとつではないかと思うのです。
自分の都合が簡単に変わらないのと同じく、相手の都合、すなわち人の考え、意志や信念も容易に変えられる(べき)ものではないと思っている。
だからハンジさんはうまく人のことを説得することができないんじゃないかなあと……サネスやイェーガー派に対してもそうで、自分が間違っていないと思っていても、言葉の先を続けられない。後半は特に顕著になっていって、フロックの最期にも「君の言う通りだよ」と言っている……
エレンを止めるためにジャンを誘った時もそうでした。ハンジさんは自分の都合を通す。本音をさらけ出す。しかしそれを押し付けることはできない。
それでも、それを見た相手が、稀にそんなハンジさんの姿に自分の都合を見出す。ジャンしかり、フレーゲルしかり、ロイしかり。
ハンジさんは、その一人一人の選択を尊重し、偶々道が重なったことに感謝している。言葉に依らず、姿勢や行動で不器用に協力者を増やしてきた人なんだなあと。
だって最後、飛行艇に乗る時ですら、「君達もこっちでいいの?」ですよ。
一団の長としてはやや頼りない……「さあ行くぜ!」と思わせてくれよ!と思わなくもない。でもそれがハンジさんのいいところだなあと思いました。



蛇足ですが、ハンジさんが言葉での説得に成功した場面がひとつ(他にもあるかもしれないですが)あって、それが第84話「白夜」のアルミンを生き返らせたいミカサへの説得なんですが……あのシーンのハンジさんの、ミカサに寄り添った、心にしみこんでいくような語りかけは忘れられないですね……それまでも好きだったんですけど、あらためてハンジさんってこんな人だったんだ……と。「公」に生きるハンジさんの「私情」や「想い」が描かれたシーンはそれほど多くないのですが、限られたコマでその人間性の核みたいなものを描写できる諌山先生は本当にすごいなあと思います。





「でも…あきらめられないんだ 今日はダメでも… いつの日か…って」
(第132話「自由の翼」)


前述のフロックの最期に際し、彼の言うことは正しいと認めた上で、ハンジさんが続けた台詞です。
私は最初これを読んだ時、その時間感覚に違和感を抱きました。地鳴らしはもうすぐそこまで来てるんだから、「今日はダメでも」って今日ダメだったらもう全部ダメじゃない????「いつの日か」ってそんな悠長な感覚でいられるわけなくない???と。
しかし時間が経つにつれ……というか、進撃とは関係ない現実のあれこれを目撃するにつれ、そうか、ハンジさんは、ハンジさんのように理不尽と向き合い続けている人たちは、そんな思いで毎日歩みを止めずに行動を続けていたんだな……と思うようになりました。今この時だけの話じゃないんだと。
私の生きている現実世界では今も昔も、社会を変えようと行動をしている人たちがたくさんいて、それでもまだまだ意味わからん判決が出たり、意味わからん言論がまかり通っていたりもして、それが私が当事者である事柄であったりするとなおのこと「もーーーーーーーーーーーーーーーー」とまじで嫌になるんだけど、
そんな中でハンジさんのこの言葉はもう、「ほんとそれ」でしかない……
今日はダメでもいつの日か。それはつまり希望ですよね。行動し続けるための光。この道の先により良い未来があるという信念。それを見失えばもう何もできない。
そしてハンジさんは、対巨人の時は当事者だったけれど、地鳴らしに関してはどちらかと言えば黙っていれば守られるわけだから非当事者の立場なんですよね。そこから、しかし、声を上げた。「虐殺を肯定する理由があってたまるか」と。じゃあ止めることで危機に追い込まれるパラディの人々はどうなる?と考えれば、そこは「フロックが正しい」……
アルミンは「何かを変えることのできる人間がいるとすれば 大事なものを捨てることができる人だ」と言いました。これは進撃の巨人という作品を貫くひとつのテーマでもあったと思います。それに照らせば、ハンジさんは、何かを変えるために何も捨てられなかった人なのかな、と思います。
だから、ハンジさんは表面上は何も変えられなかったようにも見えたし、理想論に終始した自分の不甲斐なさを責めていた。
でも、ほんと子供みたいなこと言うけど、現実を生きていると、たかが学校や職場とかのルールとかですら何かを変えるのは本当に難しい…………自分が当事者のケースならあきらめた方が、非当事者のケースなら見て見ぬ振りした方が楽なのかもしれないと思うし、もし変わったとしてそのときのコストや誰かへの不利益ってどうなんだっけとか考えたらまたあーーーーってなるし………
だから、ハンジさんを見てると本当に現実を生きる人の悩みが描かれているような気がして、私はこんな立派な戦い方は全然できてないけど、でもできるところだけでもちゃんと襟を正して生きなきゃって思うんですよね…………



あともうひとつ私が好きなのは、「いつの日か」という言葉には自分がいない未来も含まれていて、自分は恩恵を受けられない可能性をも想定しているよね、と、思えるところです。王家の巨人継承問題で「解決不能の問題を未来の子供達に残していいのか」と葛藤する姿がちゃんと描かれていたから、次世代


===

次世代のこともちゃんと考えていたんだよなあ……ということが書きたかったんだろうなあと思いますがここで文章は途切れております。
あと、巨人の存在を「利用価値」以外の観点から肯定した唯一の人物じゃないかなあ、というのも書きたかったようです。


そんなわけで、こう、好きなんですよねハンジさんが……
ハンジさんは、私にとって自分もこうありたいと思えるような「まっとうな大人のひと」に(私には)見えたのかなと思います。(大丈夫です、わかっています、架空の人物だというのはわかっています……)
「子ども」と「大人」というのは、『進撃の巨人』という作品を読み解く上で多数ある補助線のひとつかなあと思ったり。



まっとうな大人、なるの、難しい。



と思いながらドタバタする日常に追われてなんにもできない毎日です。日々勉強ですね……
いつかまとまった時間ができたらじっくり読み返したいです。



おしまい。