王様の耳はロバの耳

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音楽劇『銀河鉄道の夜2020』感想メモ(10/4)


音楽劇『銀河鉄道の夜2020』10/4千秋楽公演のアーカイブ配信を見ながら感想を書きました。


1回目(9/20)の感想はこちら
2回目(9/27)の感想はこちら



だいたいジョバンニのことです。
つらつらと。




・冒頭、「カムパネルラ!」から『イーハトーヴ』の流れの「物語の始まり感」が大好き


・カバンの紐をぎゅっと握るほどの決心で「ザネリがバカだからだ」と口に出してみて、でもすぐ目線が下がってその言葉が頭の中に返ってきてしまっている様子なのが、木村さんのジョバンニは優しい子なんだなと感じますね……全然すっきりしてない。人に言葉を投げつけることができない子なのだなと。
原作だとザネリへの自分自身の反発心に対してそこまで煩悶してる様子はなくてもっとあっさりした感じの心の声になっている。(そもそもザネリ側の粘着度が違うというのもあるけど)
私は意識の上ではあまり拾えてないけど、木村さんのジョバンニはとにかくこういう非言語的なお芝居の積み重ねだったんだろうなと思う。


・「そうだ、ぼくおっかさんの牛乳を取ってこよう」って、大きく頷きながら言うからまだ自分の居場所があることの発見とそれだけしかすがるものがないみたいなジョバンニの危うさがこの時点で強く暗示されてる


・牛乳屋さんの老女に対する「そうですか、では…ありがとう」
このジョバンニの声の通りの良さと優しさ全世界の人見て!!!!!




・「牛乳瓶に天の川が入っています 乱暴ものの彗星(ほうきぼし)がやって来て 牛乳瓶を倒しました かぷかぷ かぷかぷかぷ こぼれたものはなんでしょう」
ここ、どうしてこんなに背筋の凍るような寂しさがあるのだろう……と初めて観た時からずっと思っていたけど、夜一人で見ててやっと気づいた。ジョバンニの声以外、無音だからですね…
ジョバンニしかいないんだこのシーン。ジョバンニの孤独がそのままむきだしになっているシーンなんだなあ。
この言葉をこぼす声も好きだしジョバンニの牛乳瓶を見つめる目が楕円形みたいな悲しみを湛えているのも好きです。あと牛乳瓶を持つ手が綺麗。
原作にないシーンだけど何度見てもぐっときますね……小説や漫画などの実写化作品を見て騒ぐ私の中の「『そのオリジナル要素なんで加えたん?』妖怪」が、「ぼく、こんなオリジナルを見るならほんとうにすきだ」って言ってる。


・「それからぼくのたましい!…きっとね」
こんなにずたぼろになってもジョバンニは生きようとしているということが伝わってきて、ほんと………良い。
「きっとね」のところとかほんと……ジョバンニ……優しい子……私、今一番頭の中に残ってるのこの「きっとね」なんですよね……



・「今夜 星の光が降ってきて ぼくのたましいに幻燈を映す」
ケンジの言う呪文のような言葉を、きっと意味もわからずすがるような思いで繰り返すジョバンニ……なんて素直な優しい子………!!
これが合言葉だったんだねえ。



・いや銀河鉄道来るところでアメユキさんだけ映すのもったいなさすぎん!!??!いやアメユキさんももちろん見どころなんだけれども!!!ここは舞台上のすべてを!!!すべてを見たいよ!!!!


・いやでもほんと銀河鉄道来るシーンすべてが最高だな……………ほんと……










・いやでもほんと銀河鉄道来るシーンすべてが最高だな……………ほんと……(もう一回見た)









・あれ?ジョバンニ痩せた?


・ジョバンニ、銀河鉄道に乗ったら少し痩せたかと思うくらいに顔がスッキリしている。すごい。
それにしてもなんでこんなにカムパネルラのこと大好き感が出るんだろうな……すごいな……顔を見る角度かな?あといい意味で目が少し座ってますよね。(いい意味で目が座ってるってなんだろう)
そして本当に嬉しそうに笑うね……


・二度目も全く同じこと言う大学士さんも鳥捕りさんと同じくこういう大人いるあるあるだと気付いた。気をつけよ…


・りんごに照らされる横顔めちゃくちゃ美しいな……あと片膝ついて座らせても世界一だな…(私調べ)
りんごに手を伸ばすんだけど触らないジョバンニ、そういうとこが優しい子……



パーカッションの海沼さんのブログを拝読して二幕のはじめのぷくぷく音とかもろもろ効果音をその場で出していたと知り、本気で驚いています…….なんということでしょう……本当に劇場の中に作られた幻だったんだ……その場その場一度限りの夢だったんだ…………


・ジョバンニが「標本ですか?」ってみんなに聞くの、お父さんの持ち帰った標本を誇りに思っているからではという考察をTwitterで拝見して「うわー!!!!なるほどー!!」ってなりました。かわいいね……。
銀河鉄道の大人たちがそれを否定するのは、標本は死の証明であって生きていたことの証明にはならないということかなあ。からっぽの電燈を保存するのではなく、ひかりのほうをたもちつづけなくては意味がないという……



・「どうも体にちょうど合うほど稼いでいるぐらいいいことはありませんな」
現代に響く金言だなあ


・「あの人…鷺をつかまえてせいせいしたと喜んだり、白いきれでそれをくるくる包んだり、人の切符をびっくりしたように横目で見て慌てて褒め出したり……」

「白いきれでそれをくるくる包んだり」←それは別にええやん




・鳥捕りさんがいなくなったあとに語られる彼らの思い、すれ違いで疎遠になってしまったまま会えなくなってしまった人に対する気持ちみたいでもあるような……「一体、どこでまた会うのだろう」


・カムパネルラ「なんだか苹果のにおいがする。僕いま苹果のことを考えたためだろうか」ジョバンニが鳥捕りさんの話をしてるのにりんごのこと考えとったんかーい


…と思ったけど、プリオシン海岸の明滅するりんごのことを考えてたのか。



・彼らの話す言葉、忠実なところは本当に原作そのままで、なんだか不思議な心地がする。



タイタニックの回想に入るときの木村さんの軽やかな身のこなしを全世界の人見て。


・カムパネルラ!ってみんなが言うの、きつい演出だなあと……


・さそりの話を語るかおる、この物語の画竜点睛の役目ですよね……西山さんの声とお顔立ちがとてもはまっている。聞き入ってしまう。真剣に。


・青年は神様に問うた。カムパネルラはおっかさんに問うた。善悪、良心、正しさの基準。心のよりどころ。


・助ける直前のカムパネルラ、銀河鉄道がくる時の同シーンでも確かにきっと上を向いてた、さそりのことを思い出したんだなあ。




・「苹果をむいたり、わらったり」
ケンジのこの言葉を思い出した時ジョバンニは自分も今その風景の中に入れたことに喜びをかみしめたはずなのに、その矢先にまた疎外感を感じてひとりぼっちになる。
りんごは命や宇宙や死や罪などを司り得る一方で、何気ない旅の思い出、団欒の象徴でもあったのかな。そこに入れないジョバンニ…………こっちおいで!!!!!おばちゃんりんご何個でもむいてあげるから!!!!!ふじ?つがる?紅玉?どれがいい????


・今こそ渡れ渡り鳥、本当に美しいな……


・かおるとかとも距離近いけど、普通以上の好意は全然出てないから木村さんの好きオーラコントロール能力やっぱりすごい。


・みんな降りるときトランク持っていったな……


・「すみませんでした」と何度も頭を下げる牛乳屋さんに「いいえ」と手を前に出すジョバンニ好き。優しい子だよ……みなさんここに優しい子がいます……


・最後のザネリとのシーン、今までと印象が違った。抱き締めるまでにあんなにずっとザネリに手を当ててたっけ……赦すとかじゃなくて、毒虫と思っていたザネリを自分と同じ人間だと認識したジョバンニが、まるで自分の片割れの存在を確認するために抱き締めているみたいだった。「ザネリなんか溺れちまえ」と言った自分と対峙したんだろうか。


・カムパネルラに対する最後の「うん」、精一杯笑おうとしたけど悲しみや寂しさがまさって溢れ出てしまった顔に見えた。今まで観た回は笑えてた気がしたから、最後の最後で「笑えない」そこの境地に行くんだって、驚きました。


・ところでこの優しいジョバンニのことは誰が抱きしめてくれるの!?!!?って思ったけどアメユキさんの「大丈夫、大丈夫……」のところでグッ…としてるジョバンニ見て「この子なら大丈夫……」って思いました。木村さんの演じる役の方位磁針が最終的に生きる道のほうへピンと向く、そんな姿は何度も見てきた気がします。その転回に説得力を持たせられるのは木村さんの役者としての強みなのでは…と。




・「ひかりはたもち その電燈は失はれ」
銀河を見上げるジョバンニの目の中に美しいひかりがともっているので全宇宙の人見て。


・最後 笑顔の力強さ。



なんでジョバンニのこと書いてるだけで毎回文字数いっぱいになっちゃうんだろうって思ってたけど、2時間ずっと出てるからや……初主演、お疲れ様でした。
いつかは書きたいカムパネルラやケンジやアメユキのこと。
素敵な舞台をありがとうございました。



以上