王様の耳はロバの耳

言いたいけど言えないからここにうずめる

ミュージカル『スリル・ミー』配信感想

スリルミーの配信を観ました。
思いつくままに感想を書きます。
今日のわたしの一方的で不確かな感想、解釈の垂れ流しでありこれを押し付けるものではありません。
私=木村達成さん私、彼=前田公輝さん彼、わたし=筆者です。
ネタバレありです。





⚫︎ 中止から振替公演、配信へ

9/20、唯一のチケットだった公演を見に行ったら中止になってしまったので、全編はもう見られないことを覚悟して公開されていたダイジェストを見て感想を書きました。今回の感想は、この時の印象が土台になっている部分が大きいです。



その後振替公演が発表され……とってもびっくりしました。
ホリプロさん、木村さん、前田さん、落合さん、そして関係者の皆様には感謝の気持ちしかありません。結果として観には行けなかったのですが、もはや望むことは何もありませんでした。



なのに配信………………!!!!!?
配信までやってくださる…………!!!???
しかも1週間のアーカイブ付きって!!!!!!!
こんなことがあっていいのかと思いました。
本来なら観られないはずだった作品を、一度と言わず繰り返し観られるなんて………………………
本当にありがとうございます。
ありがとうございます………………




⚫︎ そしてスリル・ミーを初めて観た結果

どうしたらいいかわからない……

観終わって5時間くらい経ってるかと思ったら1時間40分しか経ってなかった。
これは……濃密すぎる……感想を書くには圧倒的に時間が足りない。どうして一日は24時間しかないのか。


とりあえず、木村さん前田さんペアのざっくりの印象なんですけど、
ジュブナイルで肉感的だなと思いました。
自分でも何言ってるかわかりませんが…………
ジュブナイルと肉感的、そんな相反するものが両立することがあるんだな、という新鮮さがありました。これすごいことだなと思っていて、多分木村達成さんも前田公輝さんもお二人ともがもともとその相反する魅力を強みとして持っている役者さんなんだろうと思うんですよね……そのお二人を掛け合わせたからそれがきれいに増幅している……このお二人を組ませたの、どなたですか……すごすぎる
そしてもしかしたら落合さんのピアノにも(少なくともスリルミーの音色では)それがあるとわたしは思っていて、うおおこの組み合わせのバランスすごすぎないかと興奮しました。



わたしは正直肉感的な作品は得意ではないので、事前にちょっと身構えたりするのですが、今回は想定していなかったので不意をつかれました。この不意打ちの感覚、どこかで覚えが……と考えていたのですが、思い出しました。
茨木のり子の詩集『歳月』です。

日に日に重ねてゆけば
 
薄れてゆくのではないかしら
 
それを恐れた
 
あなたのからだの記憶


茨木のり子『歳月』より 「部分」)


 
わたしは茨木のり子といえば「自分の感受性くらい」「わたしが一番きれいだったとき」のイメージだったので、昔新聞か何かでこの詩を見かけて、こんなになまめかしい作品も書かれていたのだと驚きました。
「部分」が収録された詩集『歳月』は、1975年に夫に先立たれて以降2006年に彼女が亡くなるまで、公表されることなく書きためられた、39編の詩からなる詩集です。
この詩たちも、今回のスリルミーも、思いがけず肉感的ではあったけれど不安になったりはしませんでした。密やかで「私的なこと」を誰しもが持っているのだと、それが今この作品で、この表現で大事なことであると伝わってきた気がしたからだと思います。
そうそうそれと、スリルミーを観ながら、詩集のタイトルである『歳月』というキーワードもまたこの作品に共鳴するようで、これも何かの不思議な縁だなあと思ったりしました。ああ、もしかしたら両者(スリルミーの「私」と茨木のり子)が中年期以降であるというのも、ふとこの詩を思い起こさせた一つの要因だったのかもしれません。




⚫︎ 何度も思ったこと

以下、本当はひと台詞ひと台詞について思うことを書いていきたいけどただの執念の具体化になってしまいそうなのでいくつかピックアップします。
なお、
・木村さんの54歳のお芝居がすごい
・二人とも歌が上手い
・二人ともお芝居が上手い
・二人ともとにかく上手い
・二人の声、お芝居の相性がいい
・照明〜!!!!!
このあたりは100回ずつ詠唱しました。するよね。




⚫︎ 彼

優しいんだよな………言動に比して私に対する動作はわりとソフトだなあと思う。前田さんの彼はニーチェを信奉しているというよりはニーチェに共感している、なんなら同列に立ってものを言っている感じがあって、そこにすごく若さを感じます。お芝居もそうだけど、喋り方が上手いなあと……
あと前田さんは高貴で、木村さんはノーブル。


⚫︎ 彼「火、持ってるか?」

すでに私がマッチを差し出してるシーン。
ここ!!!!!ここでわかりやすく「私は彼の行動言動全てお見通しで先回りして動くことができる」ということが提示されたので、これ以降それ前提で話を追っていけたし最後のどんでん返しもすんなり受け入れられてすごく良かった。
あとマッチに火をつけた彼がふと火に見入ってしまうのもこのあとの展開に繋がっていて良かった。契約書のシーンでタイプライターが壊れてること教えてくれるとか他にも色々、ちゃんと段階を踏んで白々しくなく情報提示してくれる物語大好き。


⚫︎ 私

「私は彼の行動言動全てお見通しで先回りして動くことができる」、上記のシーンからずっとそのつもりで見ていたので、実際私が彼に出し抜かれて驚いている表情が少なそうな感じだったのもすごかった。この歌の最後のキスも、彼のキスより先に私が振り向いてるもんね……
バードウォッチングをしているようなときは穏やかでちょっと抜けてそうな感じすらするくらいだけど、その実、私の中にずっと切れない一本の琴線みたいなのが見え隠れするような感じもして、最後にその正体が見事に明かされたのが本当に気持ちよかったです。木村さんは重力みたいに自然に誰か・何かに酔いしれるお芝居が本当に上手い。


⚫︎ 私「車で出かける?どこか」

言い方かわいいかよ


⚫︎ 炎の歌

すみませんパンフまだ読んでないのでタイトルが分かりませんが放火の時の歌です。
この歌で、最初彼しか見えてなかった私が星空や炎など「外に目をやった」のが全ての始まりという印象を受けました。ここだけじゃなくいくつかあった、私の目に光が入るところが印象的(木村さんが照明を目に映してコントロールしてるんだろうな……と思うやつ!)。二人が初めてハモる「火の粉弾けて」の段階でもう私の中で何かが走り出している。そんな私の笑顔とピアノ。彼は炎と自分に気持ちが囚われたままで……


その前の
私「あの一本のマッチが全てに火をつけたんです」
この台詞、彼が止まらなくなってしまったことも示していると思うけど、私の感情が走り出したことも示しているのではないかと思いました。


⚫︎ スリルミーの歌

この歌はダイジェストで見ていたのですが、「こんなシーンだったの!!?!」と驚きました。
状況的には、「Thrill me.」と連呼したいのはむしろ放火や窃盗ですら何も感じなくなってしまった彼の方だろうと思うのですが(彼的には「俺を興奮させろ」、みたいな)、私が言うんだ!と。木村私の「Thrill me.」は「僕を抱いて」だとわたしは解釈しました。彼の愉しみは背徳的快感、私の愉しみは性的快感、そのダブルミーニングだったのか…………と、いやこれはわたしが木村さん前田さんペアにジュブナイルで肉感的であるという印象を持ったからこそ至った解釈だと思うので、これあれですよねペアごとにたぶん違う感じですよね見ます他のペアも見ずにはいられない。
作品中では明示的には年代に言及していなかった気がしますが、元になったレオポルドとローブ事件が1924年とのことなので、おそらくまだソドミー法で同性間の性交渉は禁止されていたのではないか……?と考えると(すみません調べきれてないので不確かです)、私の「Thrill me.」の言葉の重みも増すような気がします。二人が交わした契約は互いが互いのために法を犯す、そんな契約だったんだなと。もしそうならこの時代では二重の意味で「共犯者」なんですよね……34年後、1958年でもまだ違法だと思われるので、だから私は「友情」と言ったのかなあとか……


⚫︎ 戻れない歌

後ろで人を殺める準備をしているのに讃美歌みたいに汚れなく美しい声で歌うのがもうつらい。私の「戻りたいけどもう戻れない」の気持ちが罪を犯すことに対してじゃなくて彼を陥れることに対してだよなあと、最後の瞳孔が開いたような表情を見て思う。


⚫︎ スポーツカーの歌

こんなにおどろおどろしい伴奏なのにこんなに彼の歌が爽やかで優しい感じになるのがすごい。だからこそ本当に怖い。


⚫︎ 思い直してレイの歌

めちゃくちゃ飛んだけどこの間に書きたいことがないわけじゃないんですないんですけど時間の都合で割愛します。
このプライドぐちゃぐちゃな歌を歌ってるのに一握りの高貴さが残る前田さんがすごいのよ。それで彼をそんな姿にしたのは私ですべて私の計画通りなのに私は「彼のそんな姿は見たくはなかった」から泣いているのだと今日のわたしは受け取りました。明日のわたしはまた違う解釈をする気がする。感情がぐちゃぐちゃ。すごいなあ。


⚫︎ 私「自由?……自由」

最初の腑抜けた言い方と、もう一度確かめるような言い方がすごく印象的でした。
この時、私は何を思ったんだろう。
最後の「Thrill me.」で私は何を考えていたんだろう。
もう一度私の「自由?」を見直した時、脳裡に浮かぶ詩がありました。
それはおそらく、冒頭に茨木のり子の「部分」を思い出していたから。同じ詩集『歳月』に載っていた詩です。

みんなには見えないらしいのです
 
わたくしのかたわらに あなたがいて
 
前よりも 烈しく
 
占領されてしまっているのが


茨木のり子『歳月』より 「占領」)


 
「占領」。
鳥籠から解き放たれ自由になったはずの鳥の、しかし内面は誰にもわからない。
わたしは私の「Thrill me.」を「僕を抱いて」と解釈したのですが、ここで「実際に」触れてもらうことができないということが、果たして、悲しいことなのかどうか、それは「死」とは何かをどう捉えるかにつながるのかなあと思いました。そして歳月はそれを移ろわせるかもしれない。



関係のない作品と作品がふっと繋がる瞬間が好きなわたしは、しみじみと、観劇はいいものだなあと改めて思ったのでした。




まだ噛み砕けてなくて感想が書けなかったところもたくさんあります。99年の歌とか……99年の歌、すごく好きです。歌そのものも、木村さん前田さんの表現も。


それと、実際の事件を元にしているという点で、ミュージカル『ジャック・ザ・リッパー』のアンダーソンの台詞が後半ずっと頭に響いていました。内容のネタバレになってしまうので書けませんが……
というかそれ以前に、わたしにとっては事件の内容自体が怖すぎて、彼の「あの子の両親も納得するしかなかった」というなんにもわかっちゃいない言葉にはらわたが煮え繰り返る思いでした。
と同時に、わたしだって「あの子」の物語も消費してしまっている、ということを肝に銘じなければと思いました。


木村さんと前田さんのペアは常にお互いの方を向いていていい意味でぶつかりあって火花が散るみたいにライブ感があって、あああああこれ毎公演毎公演違うんだろうなあ、いいな、最高だな、今回その中の一つを観られたんだな、と思いました。



あーーーー観劇楽しい!!
配信、本当にありがとうございました…!!



おしまい