王様の耳はロバの耳

言いたいけど言えないからここにうずめる

ラカージュ2018東京千秋楽観劇雑記


先月末、もう一度ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール 籠の中の道化たち』を観に行ってきました。



東京千秋楽ということで、どんなに名残惜しくても開演すれば待った無し、じりじりと迫る終演の気配を感じながら劇場中が今この時を楽しんでいて、感情って伝染するし充満するんだなあと思ったりしました。
当日は満月、しかも“ブルー”ムーンだったということで、終わったあとまで粋な演出でしたよね。






以下、雑々々記です。
大きなネタバレと、キャストさんにはあまり関係のない私情ばかりですご容赦ください。
思い出しているうちに記憶があやふやになってしまったので、私の中のラカージュはもはや別物になっているかもしれません。
語ってる内容ぜんぶ記憶違いの可能性あるけど、ただひとつ、楽しかったことだけは間違いない。そこだけは自信があります。
あとはぜんぶ嘘か本当。



東京前半の感想はこちら






● ロ・シンさん
黒髪おかっぱのロ・シンさん、心の中で推させてもらってます。
指の先までピンと伸びててとってもかわいいんです。
一幕最後、上手側から『ありのままの私』を歌うザザを見ているんですけど、なんかこう、「思わず目が離せない」状態からシャンタルさんと顔を見合わせるところがとても真に迫っていて、圧倒された時ってこうなるよねと思いました。
ロ・シンさんやシャンタルさんだけでなく、周りにいる全員が様々な表情でザザを見つめていて、それぞれの性格や背景が感じられる貴重なシーンでした。



● ジャクリーヌさん
やっぱりジャクリーヌさん好きだなあ。
彼女がストーリー上の役割のわりにまったく「話を回すためのキャラクター」感がないのが本当にすごい。むしろ「キャラクターが話を振り回してる」みたい。一幕でちゃんと伏線を張っているからというのもあるんでしょうけど、違うんだそんな小手先の話じゃなくジャクリーヌさんが生き生きしてないとこの話はハッピーコメディとして成り立たないんだ……
ほんと早くAIスピーカー〈ジャクリーヌさん〉できないかな。「ジャクリーヌ!今日の服装どうかな!」って聞いたら「颯爽としてまばゆいばかりね〜ん」って答えてほしい……
でもこの言葉、私は香寿さんのジャクリーヌとしての佇まいの修飾にこそぴったりだなあと思う。



● ブランコ
ザザがブランコに乗って上がっていくところ最高です。すごい刺さる。



● シェ・ジャクリーヌでアンヌに煽られて手拍子しちゃうジャン・ミッシェルがかわいい
かわいい。
このままいけば結婚できるかも!?ってくらいの空気に持っていったのはジョルジュでもシビルでもジャン・ミッシェルでもなく、参加を拒まれていたアルバンだったというのは、息子の十分な反省材料になりますね……(母、かつらとっちゃったけど)。



● 誰もみんな同じ
前回「そうだ、昔の話なんだ」と思い直したものの、いざ見てみるとやっぱりそこの頭の切り替えが難しい。
ダンドン議員の主張だけを見れば「ああ、昔だ」とわかるんですけど、ジュルジュやアルバンの家族としての姿や街での過ごし方を見るとうっかり現代の話のような気がしてしまう。むしろ未来とすら。
後者がそう感じられるのは、前者にかかわる個人の多様性については世間的に少しずつ浸透しはじめている一方で、後者、個人の築く関係の多様性についてはこれからな部分があるからでしょうか。
「誰もみんな同じ」と言うと、一見その多様性からは一番遠いところにあるようですが、ここで歌われているこの言葉には、様々に異なる人々や関係性をみな「違うまま」ひとつの街にくるんでしまう包容力がある気がして、なんだかほっとします。「あなたと私は違うけれど、同じだね」って、この作品の発するメッセージは、とても心強い。



● ありのままの私
今回、改めて見ると結構大事だなーと思ったジャン・ミッシェルの言動がいくつかあって、
◆ 旅行から帰ってきて「やっぱり家は落ち着く」と言っている
◆ 自分の家庭とあちらの家庭は「相性が悪い」ので父は外務省勤務ということにした
◆ アルバンの「3人で食事をしながら結婚について話そう」という提案については快く承諾している
◆ ジョルジュがジャコブと呼びボーイとして接している人物をクロディーヌと呼びメイドとして接している(服装も褒める)
◆ 元カノにもカジェルたちにもフラット
などのあたりとか。


つまりジャン・ミッシェルは、物語のはじめの方では、自分の置かれた環境や家族、まして彼らの好みも趣味もプライドも、否定したりネガティブに語ったりはしていないんですよね。一日だけ犠牲にしようとするけど、普段から蔑ろにしているわけじゃない(多分)。
隠し事をするにも彼なりの理由があって、それは「変に思われるかも」とか「恥ずかしいから」などではなく、「先方が伝統家族モラルを重んじるTFMの幹事長」ゆえに「うちとは相性が悪い」から、という具体的なもので。
アンヌの父親がそういう人でなければ、ジャン・ミッシェルは普通に家族を紹介した、かもしれない。余地はある。余地は。


「でも実際アンヌのお父さんはそういう人なので、お願い!一晩だけだから!ごめんねっ☆」
と頼む時、根底にあるのは、愛されている自信と、自分が愛しているということは口に出さなくても知っているはずという横着と、それに付随する「これはあくまで望ましい将来をつかむための手段であって、あなたたちを根本から否定するものでは全くない」ということを相手も当然わかってくれるはず、という驕り。なのかな。と思った時に、
たとえば私のある特徴が先方と折り合わないことを理由に「その時だけ消えててくれればいい」と身内に言われたとして、どう感じるだろうか、と考えたんですけど。


当然悲しい、悲しいし腹立たしいし申し訳ないし絶望するけれど、「先方がそういう人」「それがまかり通る時代」「身内本人から全否定を受けたわけではない」と思えば、もしかしてそこは首肯してしまうのかもしれないと思ったんです。
そしてじゃあ、私はジャンの何があまりにひどく残酷だと感じたんだろうと考えて、ああそうだった、シビルだ、「シビルは参加できる」のがつらいんだ。と思いました。


ジャン・ミッシェルは、
◆ アンヌのご両親は僕の「両親」に会いに来るので母さんを呼びたい
と言っていて、
そうか彼にとって、「血が繋がって」いて「女性」のシビルは、「本当の」母親なんだよな、と今更。
アルバンを隠したいから代わりにシビルを呼ぶ、ではなくて、シビルが母親だからシビルを呼ぶ、というのが彼の考えなんですよね。


そして、アルバンは母親ではない、かつアンヌの父との相性の悪さが「見た目から明らか」だから同席を拒否される。


ジャンを20年間育てた自分はあくまで母親の「代わり」で、両家の食事会では必要とされず、その一方でジャンをジョルジュに渡したきり会いに来ないシビルは「本当の」母親として食事会に出ることができる。
まだ「ジャクリーヌさんに母親のフリをしてほしいんだ」とか言われた方がよっぽどましかもしれない!





……などと考えながら千秋楽をみていたら、一幕最後のジョルジュがアルバンに伝えるところ、二人の気持ちが本当につらくて。
ジョルジュの台詞、一日だけの嘘だよ、傑作だろ、「僕が外務省の外交官で、シビルが僕の妻で、君は……」
アルバンは、なんなんでしょうか。
「本当の」母親とされるシビルを呼ぶ、その彼らの選択がアルバンのアイデンティティを否定する。アルバンは「血の繋がりもなく」「女性でもなく」「だから当然母親でもない」のだと。彼らにそんなつもりはなくて、彼はそれこそが一日だけの偽りだと言っているのに。






そこでカジェルたちの歌が聞こえてくるわけですよね。


ありのままに見えて
全部イリュージョン
本当は 嘘が本当





そりゃやめてってなるよー!!





嘘の母親が本当なのか、本当の母親が嘘なのか。それって誰が決めるのか?
ここでアルバンの歌う『ありのままの私』、その原題の『I Am What I Am』は、さっきのジョルジュの台詞「僕が外務省の外交官で、シビルが僕の妻で、君は(You are)……」も受けてるんでしょうか。いや原文わからないけど。
ジョルジュが継げなかった言葉をアルバンが繋ぐ。
I Am What I Am、私は私。







この直前にジャン・ミッシェルが漏らした「ごめんなさい」って、一体、なんなんですかね?






● 見てごらん
時は過ぎて二幕、問題はここですよ。
「おじさんの練習」までしたアルバンを前に、ジャン・ミッシェルが「彼なんかに頼んだ僕が馬鹿だった」みたいなことのたまうじゃないですか。
さっきの「ごめんなさい」は!!??!?
反省しても10秒で忘れる感じ!?!?
あといちいち使う言葉が強いよ!!
そして噴き出す積年のアルバンへの不満。
「理解して欲しかった、尊重して欲しかった」って、あーーーー!それは!まあ……そうかも……………


ジャン・ミッシェルの全身から溢れる「どうしてわかってくれないの!?!?」という気持ち、これはなんだか、個人的には単なるわがままのようには見えなくてですね……


そう言いつつジョルジュが歌い出したら今度はジョルジュに感情移入する。まじ忙しい。
「おまえにどんな権利があってアルバンを傷つけるようなことをするんだよ!!!え!?わかってる!?!?わかってないね!?」って私の中のジョルジュが息子に言ってる。
『ありのままの私』の前、アルバン本人は、ジャン・ミッシェルには何も言わなかったから。いかに愛しているかとかどんなに大変だったかとか言ってもおかしくないのに、息子のことをただ見つめるだけで。だからジョルジュが言ってくれてるんでしょ……ジョルジューーー!!あいしてるーー!!!!
アルバンはあの時何も言わなかったし、ジャン・ミッシェルは今シャツを着ているし、相手の女性は来訪を拒まれていない。できる限り尊重されているように、私には見えるよジャン・ミッシェル……



千秋楽では、『見てごらん』を聴いているジャン・ミッシェルが内心とても揺れているのが伝わってきて、その思いを振り切るように出て行ってしまう彼に半分苛立ち、半分胸が痛みました。
彼の思いは思春期という名の普遍性を持つ一方で、なんらかの当事者家庭のかぞくやきょうだいの抱える「当人以外が普遍という言葉で片付けてはいけない」ジレンマも含んでいるような気がしたから。


ところで、私、ジャン・ミッシェルに関する木村さんのインタビューをいくつか読んで、びっくりしたことがあるんですけど。
「思ったことを貫き通したいとか、ワガママなところは…僕と似ているところかなと思います」と共通点を見つけたり、「(親子はどこかに似ている部分があるから)鹿賀さんの姿を見て、自分のお芝居にうまく取り入れたい」と考えたりとか(以上『livedoor NEWS』)、「僕の母親はけっこう“ザザ”タイプで」と共感したりするのとかは(『週刊女性PRIME』)、いわゆる役作りっぽくてしかも成果が見られてて、すごいな…!!と思っていて。
でも、インタビュアーさんにジャンは行動だけとればかなり無神経……という点についてふられた時に
「たぶん考えすぎるとできないと思います」とおっしゃってて(『omoshii mag』vol.12 誌面インタビュー記事)。
えーーーーー!!ですよ。そういうのありなの!?って。「でも彼は彼なりに考えがあって…」というようなことをおっしゃるのかと思ったんですよ。何か無理にでも自分なりに理解とか動機付けとかしたりするもんじゃないのみたいな。
でもこれ読んでめっちゃくちゃ腑に落ちました。あのジャン・ミッシェル、確かに、きっとそんなに深く考えてない。そんなに深く考えてないからあんな感じなんであって、自分のやろうとしてることが無神経だと感じるくらいには思慮深かったら、あんなこと言わない。そりゃそうだ。できあがったジャン・ミッシェル像を見れば、木村さんは二重の意味で正しい。
(引用の仕方がへたくそで真意を損ねている可能性があるので是非記事全文をご覧になっていただけると嬉しいです、他の役作りも興味深い)


言うことだけじゃなくて言われたこと、たとえば元カノの言葉が「30分で片付ける」から「20分で片付ける」になるのも、カジェルのおひとりの言葉が「電話して」から「帰って来てから電話して」になるのも、意味全然わかってなさそうだったけど、それが切ないような、でもそこがいいんだわ……わかる………と思えるような。難儀だわー……


理解のための理解をしないという役作りが、観客の感情移入の余地を残すということがあるのかもしれないなーと思いました。ふしぎ。脚本と観客への信頼のあらわれでもあるのかな。




● そんなこと言われなくても本人が一番よくご存知よ
ダンドン議員が騒いだ時のアンヌの台詞(言い回しは曖昧)。
ここかなり笑いが起きてましたし、実際愛原さんの「面白い台詞ですよ〜」感が全くない言い放ち方、コメディとシリアスを両立させていて最高に巧み……!と思うんです。
そんで「ほんとそれ!!!」と思ったんですよ。


この台詞には、ジョルジュとアルバンたちを侮蔑語で呼んだダンドンに対して、アンヌが大真面目にこう叫ぶことで天然に追い打ちをかけてしまう、というような文脈の笑いが含まれてると思うんですけど、
いやでもほんとに、なんらかの当事者は、「侮蔑語で呼ばれる自分」も含めて自身のマイノリティ属性と向き合っていて、ほんとに、そんな大きい声で言われなくったって知ってる、ほんとにそう、私はそう(このケースの当事者ではないけど)。誰かにとってはめずらしくても、当事者にとっては常に付いて回るものだから。その言葉で呼ばれる自分と誰よりも長く一緒にいるから、何度も言われなくても重々承知してる。


それと、この台詞の一方で、ダンドン議員がいくら騒いでもジョルジュとアルバンとジャン・ミッシェルが何も言わないの、個人的にかなりリアルに感じました。
言い返してもどうせ聞こえないし、事態が悪くなるだけだし、時勢的には向こうのほうがメジャー、端的に言って面倒。
ここでジャンが憤慨して「僕の家族を侮辱しないでいただきたい!!」→ジョルジュアルバン感動→ジャンも自身の気持ちに気づいて感動、からの仲直りとか、
アルバンが「私たちは何と言われてもいい、でも、息子は関係ないでしょう!!」→ジャン感動、アルバンの愛を知る、からの仲直りとかだったら多分、私の中ではしっくりこなかった気がします。
ジョルジュとアルバンが「ハイハイおっしゃる通りでございますね」とやり過ごす、そうだよなあって。ダンドン議員は彼の主観的認識について話していて、ジョルジュとアルバンは事実レベルで間違っていることだけを訂正する。その内容もおそらくダンドン議員には取るに足らないことなわけですけど、当事者にとってはあきらかな「違い」なのに当事者以外には「見えにくい」のも、そうだよなあって。
そして彼らを見て育ったジャンが、侮辱に乗せられず、あえてダンドン議員と同じ土俵に立って彼自身の「主観的認識」をただ告げることで対応するのがとても好き。木村さんの千秋楽のあの喋り方、目線のやり方、間の取り方、やっぱりこの方の演技を見るのが好きだなあと思いました。
あとアンヌが父親に、「私の意見はあなたの意見とは違う、けれど私は変わらずあなたのことを愛している」ということを口に出して伝えているのがまたいいなと思います。


アンヌって、たぶんジャン・ミッシェルがアルバンの存在そのものを隠そうとしていたことまでは知らないんですよね。「ジャン・ミッシェルは『ジョルジュが父親でありアルバンが母親である』で押し通そうとした」、というのが、実際アンヌの前で起きた出来事なので。
で、「母親のアルバンは(生物学的上は)男性だった」ということが判明するわけですけど、それでも彼女は「この方たちのことが好き」と言う。最初見たときは「偏見を持たず本質を見抜けていい子だ…!!」という感じでしたけど、そういえばひとつ重要なことをすっ飛ばしていて、それがアンヌが「ジョルジュが父親でありアルバンが『母親』である」ということまでもを特に何も言わず受け入れているという点で。
ジャン・ミッシェルはアルバンを母親の「代役」と思っていたけど、アンヌは「アルバンはジャン・ミッシェルの母親である」そのままで問題ない、という。
「アルバンは母親」「その母親のアルバンは男性だった」という順番で情報が入って来たアンヌが、ジャン・ミッシェルより先に「アルバンは母親」ということを再認識するのが面白い構造だなあと思います。
男性女性という話より先に母親という情報が入ったからこそ、アンヌにとって性別が「母親かどうかに深くかかわらない情報」になり得たのかもしれないですね。




● 見てごらん(リプライズ)
一度目の『見てごらん』の時、ジョルジュが言わんとしているのはアルバンのことだ、というのはジャン・ミッシェルもわかっているように見えました。そしてそれがその通りであることも。
だからこそかなと思うのですが、千秋楽、ジャン・ミッシェルの『見てごらん』は、まるで父親からの問いを紐解き、なぞっていくようで。


僕が人生に恐れを抱いた時
心を痛めてた
その人は誰?




個人的に感じたのは、「その人」がアルバンだとジャン・ミッシェル自身が納得した、だけではなくて、「そして、『そういう人』をたとえば『母親』というのだ」、ということに無意識に思い至っているのではないか、と。
生物学上「血の繋がりもなく」「女性でもない」、けれど、それでもアルバンは「母親」だったのだと、かりそめの宴やアンヌの言動を通してそういう発見をジャン・ミッシェルはしたのではないか、と思いました。
ジャン・ミッシェルとアルバンの当人がしっくりくるのならたぶん言葉は「母親」でも「父親」でも「育ての親」でもなんでもいいのだと思います。感情でも現象でも属性でも、名前をつけることで全貌が見えることってある。
木村さん、この歌の「誰?」のところの抑えた感じとても好きでした。



● 彼は僕の母親です
彼の「母親の発見」においてもう一つ重要なのが直前の「彼は僕の母親です」という宣言だと思うのですけど、この、「彼は」というのもとてもかみしめたいところです……
「彼が僕の母親です」だと、
「母親(は誰なのか、いるのか)」という言葉に重点がおかれてしまうんですけど、
「彼は僕の母親です」は「彼(はなんなのか)」という言葉のほうに重きがおかれるんですよね。ジャン・ミッシェルがここで「彼は」という出だしでアルバンのアイデンティティの一部を語るのは、アルバンに「私は私」と言わせた行為の清算のようにも思えます。あと、「彼は(まぎれもなく)僕の母親です」というニュアンスもこもってる気がする。
そしてもうひとつ。「彼が僕の母親です」とした場合、母親はアルバンひとりに限られるような印象を受けますが、「彼は」なら、シビルも母親のままでいられるんですよね。ジャン・ミッシェルの中でシビルが母親であるという事実は、これまでもこれからも変える必要はなく、きっとアルバン自身が(ジョルジュには悪く言っても)息子のために残してきた道なんですよね。
彼の中で今まさに母親という言葉の再定義がなされたのだとして、しかしそれは変更ではなく拡張だったのかなと思わせられる台詞のように感じました。




● 最後のハグ
なんか!前に見た時よりジャン・ミッシェルのニュアンスが少しだけ軽くなってて!気のせい??
「じゃあ!…またね。」
そんな感じ。
私はやっぱり別れ、親離れのシーンかなと思ったのですが、この軽さ、ジャン・ミッシェルらしいなと思いました。
このすぐ帰ってきちゃうんじゃないか不安になる感じ。でもなんというか、『アンヌと腕を』からの『君と腕を』の流れを見てるから、なんだかんだジャンもアンヌとうまくやっていくのかな……と想像させられますね。
そして最後のシーンはやっぱり泣いちゃう。歌詞をどうしてもどうしてもジョルジュとアルバンの奥の鹿賀さんと市村さんに重ねて見てしまう。いかんいかん……


あらためて、市村さんのアルバンって喜怒哀楽が豊かで、けれどもネガティブオーラは極力早めに引き上げ、ポジティブオーラはどこまでも振りまく、とてもとても素敵。
ニコニコ、プンプン、ルンルン、ウットリ、そういう文字が見えてきそう。
その感情に見合うだけの愛を真正面から、テキトーなんだけどアルバンのためだけに語る鹿賀さんのジョルジュもすごい。これは見ていて幸せになるはずだわ……。
ジャン・ミッシェルとアンヌもだけど、「仲が良いひとたち」って永遠に見てられますよね……それだけじゃ物語が生まれないから問題が起こるけど、問題が起こっても大方仲が良いのが素晴らしい。
手に手を取って、腕を組んで、そういう意識的繋がりを愛と呼んで、その連なりを家族と呼ぶ、それって素敵で希望があるなあと思うフィナーレでした。



劇場に行くのが難しい家族も見たがっているので、ぜひ映像化していただけたら!!!
う れ し い で す!!!!

ジャニオタがCUBERSのアルバム『マゼンタ』を聴くとあの頃に戻れるよ




……という噂を耳にしたので聴いてみました。



戻りました。




この記事は

○ CUBERSのアルバム『マゼンタ』について
○ V6ファンの端くれである筆者が
○ 感じたことをただそのまま吐露するだけ

の記事です。


※ ただの個人の感想です。
※ 長いようですが後半はただのおまけです。






CUBERSとは

2015年7月に結成された、5人組の"聴けるボーイズユニット"だそうです。
所属事務所はつばさプラス。水曜日のカンパネラのところ。


公式サイトはこちら。
cubers.jp




『マゼンタ』はCUBERSの2nd EPとして2017年10月4日発売されました。
常々「EPてなに」と思ってたんですけど、今回ようやくググってとりあえずミニアルバム的なものと解釈しました。
こちらは全6曲です、少ないので聴きやすい。


以下、その6曲の感想。




1. 君に願いを

アイドルソングど真ん中の超王道神曲
単刀直入に言ってエモい。初めて聴くのに前世で聴いてたんじゃないかってくらい耳に馴染む。
90年代以降によく見られる「君らしさ」系アイドルソングだと思うのですが、それに加えて多分ストリングスとかギターとか鍵盤とかキラキラキラキラとか音の組み合わせがエモ要因になってる。
この音楽ジャンルをなんて呼ぶか知らないので、とりあえず心の中でそっと星野源さんの隣に配置しました。


そしてこの歌詞、青春真っ只中な歌詞の、森羅万象と「君」とを強引に結び付けてしまうダイナミズムと無鉄砲さですよ。虹村億泰かよ。
そこをCメロで一旦日常に戻してからの大サビ、盛り上げ方も完璧です。


2. カラフルにしよう

地味だけど堅実な神曲
シングルならカップリング曲だと思うし両A面なら両A面なのに影が薄いほうのやつだと思う。そしてなんとなく聴いているうちに結構好きになって最終的にコンサートでわちゃわちゃしてるの見てハマるやつだと思う。どうせ振り付けもめっちゃカワイイんでしょ…!?知らないけど…!!


AメロBメロの歌割りを聞いていると、むかしV6の新曲がラジオで初オンエアされるたびに
「またソロなかった!でも2番にあるかも!!いやでも2番じゃ音楽番組で歌う時カットだしな。待てよ大サビ前にワンチャンあるかも!!!」
などと一喜一憂してた頃を思い出します。


この現象が起きるのはたぶんCUBERSのメンバーの声がバラエティ豊かで素人の私でも聞き分けしやすいから。


あとV6もそうなんですけど、声が高い人、低い人、歌の上手い人、色々いて、そうするとその全員の声が合わさった時になぜか「ああこのメンバーで良かった……神様ありがとう……」みたいな気になるんですよね。何目線。アイドルのユニゾン、特別な波長で聞こえがち。


3. PINK

懐かしの神曲
イントロの「アイドルオンステージでジュニアが歌う先輩の歌」感がすごい。
そんで歌い出しで






坂本 昌行
ジャニーズSr.


ってテロップ出そう感がハンパない。
しかもAメロ→Bメロ→サビの流れの簡潔さがむちゃくちゃ一昔前の歌。
極めつきのサビ、あっこれ少年隊だ。たぶん。
このサビが簡単な英単語で中途半端に終わる感じがめちゃくちゃ良い。
この歌を聴いて脳裏に浮かびまくるシンメとかいう概念さだめ



4. いつか忘れられるさ

唐突な神曲
インストです。PINKで上がったボルテージをクールダウン。


5. 今日はどんな日だった?

「あ、しっとり大人っぽいこの感じ、トニセンかな〜?」

「カミセンだったーーー!!!」
のカミ曲。
「紅だー!!!」くらいの勢いだよ。
※ ちなみにカミセンはV6の若い3人(森田さん三宅さん岡田さん)のことでトニセンは年長3人(坂本さん長野さん井ノ原さん)のことです。カミ曲トニ曲は大体声の高さでわかる(カミセンの方が高い)。


この曲は他と違って歌い出しが高めの声のメンバーさんなので新鮮味があります(多分)。6曲という限られた曲数の中で、ある程度繰り返しを積み重ねて5曲目で裏切るって芸当すごい(多分)。


そんでこれあれでしょ……わりととんがった演出の多いカミセンが、いやカミセンの歌じゃないんだけど、もしカミセンが歌うなら、丸い雰囲気でカーネーションとかガーベラみたいなお花を一輪持って歌うやつでしょ……それか最後にキャンドルそっと吹き消すだけで何年も語り継がれる伝説になるやつでしょ……あっ違う……「3人並んで外周歩いてるだけで尊い」ってなるやつだ……


6. ボクラチューン!!

安定の神曲
ここまで来ると信頼性が高すぎる。
SMAP『SUMMER GATE』をはじめとするいて井手コウジさん楽曲やキスマイの『キ・ス・ウ・マ・イ 〜KISS YOUR MIND〜』『キミとのキセキ』とかが好きなんですけど、このEPはそのあたりにギュンギュンきますね。アイドルソングを作ろうとして作っている感じ、フレーズを耳に残そうとして残している感じが。特定の層を掴みに来てますよね。


全体を通じてコンセプトがわかりやすく、かつ6曲という少なさが「ちょっと聞いてみてもいいかな」という気分にさせるので、知らない人に「これ聞いて!」って布教するのにぴったりだと感じました。


現に自分もまんまと布教されたわけですけれど、もし12曲あったら絶対1曲も聞いてないですね。なんか気が重くなる。
6曲でも1曲目が『カラフル〜』『ボクラ〜』あたりならその時点で「あーこんな感じね」みたいにわかった気になって聞くのをやめてる気がします。
『君に願いを』からの期待値あっての後続曲に対する受け入れ態勢なんですよね。
まずは1曲でも聞かせる、そして次も聞いてみようかと思わせる。
よくできてるなあと。


曲調自体は王道を踏まえているなあと思うんですけど、歌詞を見るとやっぱり現代の空気感もあって。
キラキラの中に今と昔を閉じ込めたような、なんていうか、ほら、あれ、あのー、レジンのピアス、みたいな。あのきれいなやつ……
私の中の彦摩呂さん「『マゼンタ』は アイドルソングの 宝石ば(以下略)





ちなみに『君に願いを』のMVはこちら。


youtu.be



「言うほどでもないじゃん」って思いましたでしょ?そこからだから!!そこから!!
こういうのネットで見られるっていいなあ……。
布教という面に限ればアクセスしやすさって無茶苦茶大事ですよね。
こちらを見て「やだ……引きで見たら家電量販店の精鋭さんたちみたい……かわいい……」と思った方は気をつけてください。
足元、ぬかるんでますよ。





以下、おまけ。
このEPの楽曲を聞いて私が戻っていた「あの頃」、思い出していた「あの歌」の一部を一方的にご紹介するよ!!!!!
V6ファンなのでV6の宣伝もする。
他のグループでもきっと思い起こす曲があるんじゃないかと思うんですよね。ぜひ聞いてみたい。絶対好きだもんなあ。


1. 君に願いを

○ 微熱のWoman(1997)
『君に願いを』の「君」と「僕」の年齢層が少し上がったらこうなる。
多分音楽のジャンルは近いんじゃないかと思う。でも星野源さんの隣かって言われると違う気もする。『君に〜』よりちょっとしっとり。
あと「君」は念のため病院行って。


○ キミヘノコトバ(2003)
音楽のジャンルは違うけどこちらも「君らしさ」アイドルソングの系譜。
シチュエーションが近い分、「メール」と「メッセージ(おそらくLINE)」といったコミュニケーション手段の違いなど、歌詞に反映されている時代のギャップが際立っていて面白い。


2. カラフルにしよう

○ オレじゃなきゃ、キミじゃなきゃ(2008)
トニ曲。
音楽ジャンル的に一番近いのはこれじゃないかなあ。
年齢層がだいぶ高くてなんだか励まし内容が切実になっている。特にBメロが重い。
「オレ」も「キミ」もみんながんばれ。


○ IN THE WIND(2000)
『カラフル〜』の方向性をめっちゃハードにしたやつ。
シングル曲は極力避けたけど、これははずせなかった。
今聴いてもすごくカッコよくて好き。
PVも一番と言っていいくらい好き。


○ nostalgie(2008)
『カラフル〜』のサビのエモさを煮詰めてPerfumeをまぶしてアイドルのユニゾンの特別な波長で包んで叩いて伸ばして謎の「引き」を生み出しているのがこちら。
ジャンルは違うけどサビの展開の仕方は近いと思う。
イノッチの裏声さあ……好き……


3. PINK

○ X,T,C,beat(2001)
少年隊み対決。


○ MIX JUICE(1997)
アイドルオンステージでジャニーズSr.が歌いそう対決。


4. いつか忘れられるさ

Dahlia(1998)
意外とシティポップ風なV6の楽曲ってないかもと思ったので、ちょっと路線違うけどなんとなく一服感つながりで。トニ曲。


5. 今日はどんな日だった?

○ Be with you(2002)
これしかない。カミ曲。
カミセン3人並んで外周歩きながらこれ歌ってくれたらもうそれでいい。


余談ですけど、当時のカミセンはコンサートで他のアーティストの曲を歌うことが結構あって、中でもケツメイシの『手紙〜未来』という歌は2002年コンサートのまさかの本編最後で歌われまして。
そこまでして歌われたその歌と、同じ年に発表されたこの歌、なんだかセットでメッセージが込められているような気がして、当時交互に聴いては彼らの心境に思いを馳せたりしていました。
そしてケツメイシを好きになった。(うっかり)


その時はなんとも思わなかったけど、『Be with〜』、今聴くと「流れて消える星のような 少年時代」という歌詞が胸をえぐります。本当にあっという間だった。
実は『手紙〜未来』の方で歌われている「未来」=十年後、つまり2012年はもうとっくに過ぎていているので、一体彼らはどんな気持ちで“手紙”を受け取ったのかなあと今になって考えてしまいました。
でも2009年の楽曲『ファイト』からそれが垣間見れたような気もする。戦ってきたんだなあと思ったし、戦ってるんだなあと思った。
急に文章なげーな。思い入れ強すぎかよ。



○ WALK(2011)
『今日は〜』は1日単位の回顧と展望だけど、こちらは「この20年どうだった?」くらいの桁の違う回顧。6人組尊い
この曲、V6に興味がない方も推し集団の脳内PVとか想像しながら聞くと捗る可能性があります。


6. ボクラチューン!!

○ ミュージック・ライフ(2012)
『ボクラ〜』から思い起こされた曲を書くということは「推しの軌跡を“歌”という観点から映画化した場合にエンディングテーマを何にするか」という重すぎる命題に答えることと同義だと解釈して選んだ一曲目がこちら。
聴いてるとエンドロールが見える。


○ SPOT LIGHT(2015)
二曲目。
こちらはどちらかというと“アイドル”の側面が強い。
後奏でたたみ掛ける振り付けありきで完成する、最高に大好きな曲。


○ Live Show(2007)
三曲目。
“人前に立つ職業”の気概を湿度めっちゃ低く歌い上げた歌。





以上、CUBERSの音楽にまんまとしみじみしてしまったジャニオタが過去を振り返りさらにしみじみする記事でした。
誰かに聞いてもらいたいなら6曲までってCUBERS先輩が教えてくれているのにこの曲数。思い入れを制御するのって難しい。




CUBERS先輩は4月18日に4枚目のシングルが発売されるそうです。気になる!!!
あとV6は本日3月14日(水)に2017年ライブの円盤が発売されました。
最高だから見て!!

歴史は背後に立ち昇る。ー ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール』を観た

先日、ミュージカル『ラ・カージュ・オ・フォール 籠の中の道化たち』を観ました。
次回の観劇に備えて感想メモ。
あらすじ等は公式サイトにて。



木村達成さんのファンなので贔屓目にみまくりです。
「かわいい」「好き」を書き連ねるだけなので読んで得することは何もありません。すみません。



● ジョルジュ

こんなすっとぼけたチャーミング紳士いる!??!!!?
妻にのらくら、息子にでれでれしてるかと思えば急に真心を差し出すような『砂に刻む歌』。
私落ち着きのない人間すぎてテンポのゆっくりな歌は少し苦手なんですけど、ジョルジュの歌は永遠に聴いていられる……深く艶のある大人の男性の声。
「聴き惚れる」ってこういうことなのですね……この歌声にずっとつかっていたい。肩まで。本当に心地よく、心が満たされていくようでした。愛を語られた後のアルバンのうっとりした顔、それはそうなるだろうと思う。


● アルバン

ジョルジュの『砂に刻む歌』が「聴き惚れる」歌ならば、息子の思いを聞いたクラブの看板スター“ザザ”(アルバン)が歌う『ありのままの私』は「心震わす」歌。
声とはただの振動なのだと思い出すような、空気をつたってびりびりと体表に突き刺さるエネルギー。しかもそこにわかりやすい感情なんてなくて、それなのにこちらの心は勝手に共鳴してしまう。歌声が寛大なんです……観る側の自己投影を許容するほどに。この歌は観客の前に掲げられた鏡なんだと思う。
歌い終わったあとの毅然とした退場、かっこよかったなあ。ジョルジュの歌にある「身を引く」って、後ろに下がりそうなイメージがあるけど、アルバンは前に歩いて行くんですよね。
私はこれをプライドだと感じたので(ただの個人的解釈です)、二幕でジャン・ミッシェルがアルバンの捨てるべきものとして「プライド」を指定した時、「わかってるじゃん!わかってないけど、わかってるんじゃん!」と思いました。「解釈合ったね!」みたいな。それがあるから簡単にジャン・ミッシェルの思う通りになんて動けないんだって、わかってるんだねジャン・ミッシェル。でも記憶違いな気がしてきた。


鹿賀さんと市村さん、このお二方はもう、たとえ衣装や台詞がなくてもジョルジュとアルバンになれるのでしょうね……ラカージュコンビとして10年、劇団四季時代から数えれば45年のお付き合いだそうで、その歴史が佇まいの中に高密度で詰め込まれていてまるでブラックホールみたいでした。喩えのセンスが悪い。
だってすごい重力で視線が吸い込まれて目が離せないんだよ!!目が足りないんだ!!!あと耳も吸い込まれたよ!!!
でも2人は何もしてなくて肩の力を抜いてそこにいるだけなんだよ。


ラストで2人が星空に溶け込んで行くかのように観客に背を向けるの、とても美しいです。ラカージュはかなり舞台(架空)と客席(現実)の境界が曖昧な作品だと思うのですが、このシーンで2人が「架空の世界に帰ってしまう」のは寂しくもあり、嬉しくもあり。なんで嬉しいのかよくわからないけど、「きっとこれからも仲良くやってくれるだろう」と思えるからかな。


● カジェルたち

「ミュージカルを観に行ったと思っていたらいつのまにかレビューを見ていた」
な… 何を言ってるかわからねーと思うが(略)。
歌、ダンス、鞭、アクロバット、カンカン!
お腹いっぱい盛りだくさんの百花繚乱全力パフォーマンスが見られるのはラ・カージュだけ!
新納さんと真島さんの「そんなに出てないのにめっちゃ出てた気がする」感がすごい。やっぱり「存在感」っていうのは実在するんだなぁ。
この作品の主役は間違いなくジョルジュとアルバンだけれども、その土台を組み上げているのはカジェルたちなんですよね。
衣装もきらびやかで、まさに銀鱗躍動ですよ。黒髪おかっぱの方の最初の衣装がかわいいんだー。朝顔みたいな柄の。


● マエストロ(塩田明弘さん)

上の方の席だったのでマエストロもとい指揮者の方が観客を煽り盛り上げていらっしゃるのがよく見えて、ああこちらにもパフォーマーがいらっしゃる目が離せない目が足りない……5つほしい……と思っていました。
この作品は出ているみなさんがとても楽しそうでパワフルで、それに呼応して客席まで生き生きとしてきて(まるでクラブの客という大役を任せられたかのように)、あっという間に劇場中が幸せに包まれるんですね。ピンク色の、猥雑で、理不尽をも跳ね除ける幸せ。
その裏には、アルバンの歌う「マスカラ」みたいなものが役にも役者本人にもなんならお客さんにもきっとあるはずで、それをチラリと意識させた上での「それでもね!!!!!」というところが余計に心を打つんですよね。


● ジャクリーヌ

声とノリが最高に気持ちいい。AIスピーカーの声をカスタマイズできるようになったらジャクリーヌさんにしたい。爽快な毎日を送れそう。でも勝手に「よく眠ってるみたいだからアラーム1時間遅らせとくわねん」とか言い出しそう。困る。


● アンヌ

ジャン・ミッシェルが「アンヌといると僕が誰よりハンサムって気にさせてくれるんだぜ」的なことを歌うんですけど、実際登場するアンヌがそのたわ言に説得力持たせすぎててやばい。めっちゃかわいい、めっちゃいい子。
最初に飛び出してきたところ、あのシーンだけで3億回納得する。そらこんな子に「愛してる」とか言われたら「えっ俺もしかしてめっちゃイケメンなんじゃね?」って思うわ。それか「えっこれ結婚詐欺師じゃね?」の二択。でも実際こんな子と腕組んで歩いていたら自然と背筋は伸び顔つきは引き締まり表情は朗らかとなり海は凪ぎ空は晴れ小鳥たちは祝福するであろう……そんな御子である……
ちなみに私は木村さんファンなので「別にアンヌといなくてもハンサムやで」と思ってます。


● ダンドン夫妻

ダンドン夫妻かわいくない……?ダンドン夫妻かわいいよね……?
ダンドン議員、ジャクリーヌさんにのせられて踊っちゃうんだもん……隙ありすぎ……好き……
ダンドン夫人、アルバンとわーってやってるとこめっちゃかわいい。推せる。
ダンドン議員から「全部お前のせいだ」だか「お前の育て方が悪かったんだ」だかみたいなこと言われていたと思うんですけど、その台詞だけでどんな環境で母親をやってきたのかちょこっと察せられるからそんな彼女が『今この時』を一緒に歌っていたあの姿は忘れちゃいけない気がしますね。
ダンドン議員が最後に出てくるシーンもとてもカタルシスがありました。リアリティのかけらもないんだけど、現実にはありえないことをやってしまうのがフィクション、ミュージカルなんだなとあらためて。逆にこれがなければミュージカルとして成立しないんだろうなとすら思う。リアリティなんてくそくらえなのかもしれない。


● ジャコブ

動きが昔のディズニーとかワーナーのアニメみたいでとてもかわいい。ジャン・ミッシェルとドライに仲良しなのもかわいい。2人とも人間関係にとてもドライだと思う。「パパのがいつも一番いい」ってところ私も入れてほしい。AIスピーカーたまにジャコブにするから私が元気ない時「これは僕のこれは君のこれはパパの、からの〜〜〜??」って聞いてほしい。


● ジャン・ミッシェル

かわいいぞーーーーー!!ジャン・ミッシェルかわいいぞーーーー!!!!!


そして足が長い。
あと声が高い。
そして背が高い。
あと顔が良い。
そしてチャイルディッシュ。



結果、「見た目は大人、頭脳は子供、その名はジャン・ミッシェル!」みたいになってる。
チャイルディッシュなのかチャイルドライクなのかは意見の分かれるところだと思うけど、「かわいい!!!身勝手!!浅はか!!待て!!おい!!それ以上喋るな!!自分が何言ってるのかわかってるのかわいい!!!!!」って感じだったので個人的には前者ですかね……ジャン・ミッシェル24歳でしょ……? 爛漫すぎでしょ……かわいい……ずるい……浅薄……


何年か後の再演でジャン・ミッシェルにキャスティングされた俳優さんのファンの方へ私見すぎる伝言を残しておくと、ジャン・ミッシェルは両親に大切に育てられたお坊ちゃんで、自分の蒔いた種であたふたオロオロし、「パァパ」と甘えて父親を手玉に取り、急に低めの声を出して彼女を翻弄し、母親に最高の笑顔でひどいことを言います。なんてやつ!!!なんてやつだ!!!!
つまりこんなやつなのに憎めないように仕上げるという、推しの愛嬌力が最大限に発揮される役です。おめでとうございます。


今までわりと低めの声の役が多かったと思うので、地声に近いというのはもうそれだけで新鮮です。周りを制するほどに声を張り上げるとめっちゃ高くなるの、これまでのイメージとのギャップが大きくてすごく面白い。かわいい。
そして何よりもーーー、歌声がーーーーー!!
伸びやかで、高音に甘い響きがあって、最高か……!!『お皿の絵』の時の瞬発力も好き。
私、木村さんが演技をしている時の声に惹かれてファンになったんですけど、いざ歌い出したら歌声も最高に好みだったとか本当に奇跡じゃないの? これ真顔で言ってる。
ミュージカルへの出演自体が2作目で、普段歌のお仕事をなさっているわけでもなく、経歴だけみれば舞台を台無しにしてしまいかねないことになってしまうリスクだってあった中で、他のお仕事をしつつも一年間レッスンを続けてここまで漕ぎ着けたの本当にすごい……ご本人はもちろんだけど、それを支えた周囲の方も、そこの実現可能性を見極めた方も。
抜擢を無謀の策にしない人財育成……長期展望を下支えにした根気強いプロジェクトマネジメントやで…………


今とても歌声がまっすぐなので、情感を書き込む余白がまだたっぷりあって、それがまたチャイルディッシュなジャン・ミッシェルの姿と重なっていてよいのです…….
気が早いけど、これからももっともっとたくさんの感情を込めた色んな歌を聞いてみたいと思いました。


歌、演技、ダンス、どれも手を伸ばしてやっと及第点に達している気がしていて、何かに食らいついてスタートラインに立ちに来たんだなあという背後の過程に感動しつつ、
あちこちのびしろだらけで、「これからどこをどう、どんなバランスで強化していくんだろう!?」っていう本当にもう将来性の塊がここにいますみたいな……「RPGのはじまり」みたいな。とにかくどこにでも行ける感がすごい。そして、思えばいつもどこかに飛び込んだあとどんどん良くなっていくんだよなあ……ずんずん進んでて次見た時にはすげーレベル上がってるみたいな。「えっもうそこまで行ってんの!?」っていう。


と言っても、いかんせん木村さんがこのままミュージカル俳優の道を進もうとするのかどうかとかは全然わからないのですけど。でもやっぱり歌は聴きたいなあ。他人を演じて、他人の心情を歌ってほしい。


とりあえずなんか、観劇して「ほっとした」というのがなんか正直な感想です……何目線なのか知らないけど…………ファンの端くれがすみません………
「頑張ったんだね」とか「努力したんだね」とかはあんまりしっくりこないんですけど、私が近所のおじさんだったら「よくやった!!!!」って言いにいきますね。
「よくやった!!!もっとやれ!!!!!」かな。
後半にまた観に行くので、どうなっているのかとても楽しみです。






以下、お話についてだらだらと。


同じ脚本家の『キンキーブーツ』が2012年初演、こちらが1983年初演と知って納得。
『キンキーブーツ』は特に違和感なく世界に入り込めたのですが、ラカージュは観ながらいくつか疑問を感じたのです。なぜなら私が舞台上の時代の空気感をわかっていなかったから。『キンキーブーツ』は現代と言って良さそうな時代設定でしたが、『ラ・カージュ』は、もう、違う。間も無く過去になる時代なのだと思いました。今では違和感を覚えるような主張や言葉を議員が声高に叫ぶ、「そんな時代もあったのだ」と振り返るような時代。
なにしろ初演からはもう、ジャン・ミッシェルとアンヌの子が「僕、結婚するんだ!」と言い出してもおかしくないくらいの歳月が流れているんですもんね。


私は最初そこの頭を切り替えられていなかったので、なかなかうまく登場人物の心情を汲むことができず。
特に滑稽に見えてしまったのがジャン・ミッシェルの「他に方法がないんだ!」という台詞。なぜそんなに必死なのか、なぜそんなに悲痛な叫びをあげるのか、なぜそこまでしてアルバンの存在を隠そうとするのか。「そうさせるような時代だったから」、と気づいて(遅い)ようやくしっくりきました。
そこを踏まえると、アンヌという女性の存在がより一層際立ってきて、彼女がいかに希少な人物であったかが想像できます。そりゃ失いたくないよね……嘘をついてでも、と思うのも理解できるし、そのジャン・ミッシェルの予想を遥かに超えたアンヌの言動に驚きもする(彼はあれだけアンヌを高く評価しているにもかかわらず、結果的に彼女をみくびっていたことになってしまった)。そして、家族同士の和解には到底至っていない、棲み分けと言えるような結末も腑に落ちます。「来ないでね」という台詞、意外性(による笑い)のあとに納得感が来るんですよね。その正体はこの空気感だったんだなあと。時代に即した落とし所のリアリティ。まず先にこれがあって初めて「リアリティなんてくそくらえ」ができるのかもしれません。


日本での初演は1985年、(指標として適切かはわからないのですが)例の高裁判決が1997年ですから、自分の記憶も含め、日本でこの時代の空気感が過去のものになり始めたのはそう遠い昔ではないと推測します。でも、もしかしたらもう観客の中には「笑いどころがわからない」人もいるかもしれない。教科書の近現代史を読むような感覚で触れるような人もいるかもしれない。
そこまではいかなくても、この時代にはまだ浸透してなさそうな価値観をもって観ている方がいらっしゃるのではという気がします。
ストレートかつステップファミリーの子であるジャン・ミッシェルの「理解してほしかった、尊重してほしかった」という主張は、アルバンへの浅慮はともかくとして(ともかくとしちゃダメなんだけど)、本当にあの答えで一蹴されるべきものだっただろうか?とか。
ジャコブに対するジョルジュの言動と、ジャン・ミッシェルがアルバンに対してやっていること、何が違うんだろう?とか。
超優秀だけれど勤怠に難のある同僚のフォローを残業手当てもなしにさせられているメルセデスさんは、いつか報われる日が来るだろうか?とか。
アルバンに対して私は「母親よりも母親らしく、女性よりも女性らしく」などと思っていないか?とか。
いやすみませんよくわかんないで書いてますすみません。
そういうものに照らした時、また見えて来る新たな側面もあるのだろうなと思います。そしてそこで浮かび上がる問いの包含に耐えうる作品であるのだと思います。
とにかく現代劇でなくなるからといってこの作品が傑作であることに変わりはなく、ただシェイクスピアエウリピデスに近づいていくだけなので、これからも何度でも何度でも上演して、時代が違えど変わらないもの、いつの時代も面白いと感じるものを見たいなあと思った次第です。


まだ続くんですけど、ジャン・ミッシェルはカジェルたちやジャコブとのやりとりを見るに棲み分けをごく自然に、自由に行き来する者として描かれていると思うのですが、その彼の、父親との最後の抱擁の意味が気になっています。
ジャン・ミッシェルはやたらと周りの人物とハグするんですけど、なんとなく、大体はこれは愛情だねとか感謝だねとかなんかそれっぽい理由を想像できるんですよね。
でも最後だけはよくわからない。
一度ダンドン一家を送ってから、(ザザが一幕で歩いた客席通路を駆け抜けて)わざわざ戻ってきて、父親とハグをして、また(同じ通路から)ダンドン一家の方へ戻っていく。その行動と2人の演技、演出に込められた気持ちが、私には「さようなら」にしか見えなくて、なんでだろうと。
確かに町を出て行くとは言っていたけど。なんか家族の集まりとかもあるってアルバンが言ってたじゃん。またすぐ会えるじゃん。なんでなんだろう。
普通に、「ありがとう」なのかなあ。ハッピーエンドを象徴するシーンなんだろうか。そう見えなかったのは単なるこちらの心持ちかなあ。ていうかちゃんと見てなかったのかも。


個人的には、そもそもジャン・ミッシェルがどのタイミングで感化され何に気づいたのかもまだ考えあぐねています。
そのヒントを拾い集めていて思ったのですが、彼は取り繕いや仕草はジョルジュに似ているけれど、根底はアルバンに近い気がする。そりゃそうだ、アルバンにだって、似るよ。
お芝居って面白い。
そういう気になっているところも、また確認できたらいいなあと思います。





それにしても2016年の夏、「その他」カテゴリで『キンキーブーツ』の感想を書いていた頃、まさか2年も経たないうちに「木村達成さん」カテゴリで『ラ・カージュ・オ・フォール』の記事を書くことになるだなんて夢にも思っていなかった。


そんな感傷に浸っていたら、ふと「君は永遠の驚きだ」というジョルジュの台詞を思い出して、その“あてにならない”過去の膨大な積み重ねに思いを馳せつつ、ああなんと初々しい喜びに満ちた言葉だろうと思ったのでした。


おしまい。

ハイキュー!! コンサートに行ってきた(2018)



行ってきた!!!!!!




2017年版の感想はこちら




さすがに2回目だし、そんな泣くことないだろと思ってたんですけど、結構予想外のところでグッときてしまいました。



なんでもそうですけど、同じものを見聞きしても、何が心に刺さるかっていうのはその時その時の自分の状態によって違うんですよね。



ので、今年個人的に刺さったところ3つのメモ。


● 会場とイベントの相性

前回の会場は東京国際フォーラムホールAだったんですが、今回の東京公演は片柳アリーナにて行われました。
会場が関係あるかわかりませんが、個人的には前回の方がマイクの存在をあまり感じさせない音だったような気がしたのですが……


が、今回の会場にはそれを補ってあまりある利点があって!


それは「室内競技アリーナとして使える」という点です。つまり体育館っぽい。
だから!!観客席とかが!!!アニメ映像に出てくる試合会場に似てる!!!


結果、ハイキューメインテーマの冒頭に入ってるシューズとかボールの音が本当に会場の中で響いているように錯覚するというか。
映像内で試合会場のドアを開けるシーンもまるでここに繋がってるような臨場感があったりしました。


会場選びって大事なんだろうなとは思ってましたけど、こういう効果もあるんですね。面白い。


春高予選 青葉城西戦

休憩明けでいきなり青葉城西戦なんですけど、初っ端の『“上”』で日向と影山が前回のトラウマを払拭して「これ最終回なんじゃないかな?」ってくらい盛り上がったあと、さらに『元・根性無しの戦い』でそれを超えるクライマックスが来て「あっこれが最終回だった」って思い直したらそこから『超速攻』『極限スイッチ』『真っ向勝負』の怒涛のコンボでこれでもかと叩きのめされてほんとすごいなハイキューやべーなとおもいました。
及川さんの指差しとか完全に最終回でしょ。


ちなみにそのあと白鳥沢戦でもああもう言うことない完璧な最終回だって思ったし今稲荷崎戦でもまごうことなき最終回だったありがとうございましたハイキュー……って思ってます。


本当に、「この先もうこれ以上の展開ないだろ」って何回思ったことか。そしてそれを超えられて「いやいやいやいやでもさすがに、さすがにこの先もうこれ以上の展開ないだろ」って何百回思ったことか。
ハイキューやべーな。


話を戻して、私前回気づかなかったんですけど、スクリーンの両側にある細長いモニュメントみたいなの、曲に合わせて色が変わってたんですね。
『極限スイッチ』か『真っ向勝負』の途中であれがスッ…と青くなった時、そこまで上がり続けてたボルテージが一気に及川さんの体温にまで下がった感じがして、「『信じてるよお前ら』でみんなが感じてる空気感これか」と疑似体験した気分になりました。最低限で最大限の演出すごい。


● 『元・根性無しの戦い

青葉城西戦の中でも今回特に刺さってきたのがこの曲です。
もともと山口が映ったら泣いてしまう病ではあったんですけど、初めてこの曲がきちんと耳に入ってきた気がします。こちらの受け入れ態勢の甘さ!!!


最初の切ない旋律もいいし、そのあと入って来る結婚式で流すのにぴったりな低めのストリングスも上品だし、秒針のようなリズムパートも山口の運命をいまかいまかと待ち構えているようで最高。


何より、それらが青く塗られた天井とばかりにつきぬけて本物の空を見せてくれるような、後半に展開するたゆたう音の動きが本当に素敵です。
コンサートではここに山口のジャンプフローターサーブが重なっていて、視覚と聴覚の調和具合に思わずため息が出ましたね……そして嶋田さんの顔とツッキーの目線にグッとくるという。


ハイキューって「当事者」たちはもちろんだけど、「見てる側」の人の顔にもむちゃくちゃ感情移入しますよね……(及川さんやツッキーの「見ない」という選択も含めて)
今回は『コンセプトの戦い』の時も鷲匠監督にグイグイ感情移入しまくってましたし……
ハイキューにおいて「見てる側」からラベリングされる言葉ってたくさんあると思うんですけど、ある意味その言葉同士の戦いでもあるということがこのあたりで初めて明示されたんですよね。
それ踏まえてみると稲荷崎の「思い出なんかいらん」は本当に最終回で出していいコンセプトやで………ハイキュー……恐ろしい子……(何万回でも言う)


『元・根性無しの戦い』というからには、『根性無しの戦い』という曲もあって。
さっそくサントラで聞いたんですよ。
ツッキーの『月の出』と『月の輪』みたいに曲同士になんらかの連続性があるんじゃないかと思って。


そしたら、『根性無しの戦い』にリンクしていたのは『元・根性無しの戦い』じゃなくて『月の出』、『根性無しの戦い』にリンクしていたのは『元・根性無しの戦い』じゃなくて『月の出』でした。
会場アナウンスで影山が日向に大事なことを2回言わせてたから2回書いておいた。



「見てる側」の存在は、「当事者」に大きく作用するんだよなあ、と思います。









以上3つ、2回目なので今回は短めに。


とかいってもうひとつ。
開演前、日向と影山のアナウンスで「作曲家の林ゆうきさんと橘麻美さんも演奏に参加するぞ!」と言っていたのでいつかな〜いつかな〜とワクワクしてたら本編終わって、挨拶の時にはじめて「ずっと舞台上にいらっしゃった」ことに気づいたので、やはりコンタクトの度が合ってない時に何か観るならとりあえずオペラグラスは必需品ですね。
いやだって、ずっと演奏してくださるなんてそんな贅沢なことが起きてると思わないじゃないですか!!びっくり!!!
アンコールも『地上戦』と『次の戦い』で、また選曲が渋くてかっこいいですよね……
今回もハイキューの世界にどっぷり浸かることのできた二時間半でした。

ハイキュー!! コンサートに行ってきた(2017)

今週のジャンプ(第285話)を読みました。最高でした。
なんだか居ても立っても居られなくなったので思い切って書こうと思います。





ハイキューコンサート!!(※1)
すごくよかった!!!(※2)




※1:2017年2月26日開催分
※2:2018年1月15日に改めてこみあげてきた想い






こちらは、
2018年1月27日(土)【大阪】
2018年2月12日(祝・月)【東京】
にて開催される『ハイキュー!! コンサート 2018』に向けて、今更ながらも
「2017年版、すごくよかったです、ハイキューの、コンサート、すごく、よかった」
と独り言を言うだけの記事です。


内容のネタバレがありますので、まっさらな状態で2018年版に臨まれたい方はご遠慮いただければと思います。


なお一年寝かせた記憶による曖昧な感想ですので、誤りや勘違いが多くあることと思います、すみません。


それではよろしくお願いいたします。





● とにかく泣ける

いきなりですが2017年版について個人的にすごいと思った点がこちらになります。


○ 1. 開始5分で泣ける(※1)
○ 2. そこから5分おきくらいに泣ける(※1)
○ 3. 結果だいたい泣いてる(※1)
○ 4. BGMに興味ない人も泣けるんじゃないかと思う(※2)
○ 5. アニメ見てない人も泣けるんじゃないかと思う(※2)


※1:私が
※2:憶測


「は????泣くとか??それしかないの???泣けばいいってもんじゃないでしょ????邦画のCMかよ?????」
って思われるかもしれないんですけど、
「泣く」って実際「ほろっ…ぽろぽろっ………グスッ………」みたいなんじゃなくて、
「んんんんんんんんん及川徹んんんんんんんんんんんんんんんんんんnんn:;;k、」
みたいなやつです。
頭の中でばんばん机叩いて突っ伏したのちに顔を上げたら頬を静かに涙が伝ってるやつ。


終演後「はあ…………」しかなかったですからね。
翻弄されまくった。感情が。




● 構成が泣ける

まずは、「どのような公演だったのか」をご紹介させていただきたいと思います。
イメージ大事!


手っ取り早く、2018年版CMをどうぞ。
www.youtube.com



こんなかんじです!!わかりやすいね!!!!



2017年版は開演前に日向と影山による新録アナウンスがありました。
開演後は、ただひたすらにアニメ『ハイキュー!!』の劇伴(BGM)が演奏されるシンプルな構成です。


動画の通りステージ上にオーケストラの皆様がいて、バックにスクリーンがあって、演奏とともにアニメ『ハイキュー!!』の映像が上映されます。
基本的に映像側は無音、ただし要所要所で音声オンになります。
あのセリフとかあのセリフとかね……多分ずっと音声オンよりもズシンとくるんですよね……



さて私が何より感銘を受けたのは、出演者の方のお話が一切なかったという点です。
演奏者の方々も、指揮者の方も。作曲者の林ゆうきさん、橘麻美さんでさえ。
誰一人、一言も。


こんなことがあるのかと。
今回のようにサウンドトラックの楽曲を中心としたコンサートでは、大抵、作曲家さん等関係者の方が楽曲の誕生秘話や制作意図などをお話ししてくださる時間があったように思います。
なので、なんとなく今回もそのような感じだと思っていたのですが……



舞台上から発せられる言葉がねえ。


音楽しかねえ。









……つまり。





とにかく聴けってことです、音楽を。
























……と思ったんですけどきっとそれもちょっと違うんですよね!
そうならアニメの映像延々と流したりなんかしないんです。
それシャットアウトして目の前の音楽だけを堪能してってなるんです。
だからたぶん、この公演のスタンスのひとつは
「この音楽が盛り上げている『ハイキュー!!』を見て」
なんです。


なんたる矜持。
これこそ「劇伴音楽」そのものじゃないですか……!



でもね、映像見てると気づくんです。
ちゃんと曲にあわせて映像が編集されている。
曲側の持つ意味と“間”が尊重されている。
曲のタイトルが表示されている。
単体では意味を成さない、曲ありきの映像になっている。


やっぱりもうひとつのスタンスとして
「『ハイキュー!!』を盛り上げているこの音楽を聴いて」
というのがちゃんとあるんです。
どっちやねん!すみません。


とにかく「解説がなくても映像を見ていれば伝わる」感はかなり強いです。
理屈じゃねーなという。


約二時間半、合間の休憩以外ノンストップで演奏&上映が続きますが、本当に飽きる暇がありません。



「劇伴は、そのモチーフである映像と共にあってこそ最も輝く」

そのことがよくわかる構成だったと思います。



……やだ……「俺が居ればお前は最強だ」みたい……







● 映像が泣ける

「そんな音楽だけ延々とやられてもなあ……」と思う方もいらっしゃると思うんですが、
上記の通り、音楽と一緒にずっと映像が流れていて、これがちゃんと物語の順番に沿っているので、
「二時間半で振り返るこれまでのハイキュー!!
だといっても過言ではない気がしています。
本当に名場面が怒涛の如く押し寄せるので、目は足りないし感情が追い付かない。
特別音楽がどうこうとか意識しなくても、楽しい時間になるのではないかと思います。(憶測です)


ほらあれですよ……映像や音楽の力を借りてベストな彼らを脳に焼き付ける、HAIKYUU SUGEE DOUGA!! 的な。
大阪(東京)の舞台……沢山の観客の前で……数多の音色が渦巻く場所で……ピカッピカキラッキラのでっかいスクリーンで……
上映される推し 最高の推し 見ようや。






● 音楽が泣ける

なんといってもやっぱりこれです。
なんて言ったらいいかわからないので個人的に好きだったところ5選。


曲名をクリックするとレコチョクのページで試聴できますので、「どんな曲だったっけ」と思われた方はぜひ。


なお、こちらに2017年版のセットリストが掲載されていますのでご参考までに。
ていうかこの公式レポート素晴らしいな。この通りですほんと。


www.animatetimes.com





○ 1. 『頂の景色』~『ハイキュー!!
開演1曲目と2曲目なんですけど、「メインテーマにのせた登場人物の紹介映像」はもう何のジャンルでも泣くでしょ……。
楽曲『ハイキュー!!』は特に、その先で彼らを待っている物語がただの勝利だけじゃなく少し悲しかったり、悔しかったり切なかったりするにもかかわらず長調で明るい曲調ってところが余計に泣けてくるんですよね……
期待と希望がつまった4月を祝福するのにぴったりの曲で、彼ら彼女らの未来に幸あれと願ってしまいます。漫画(アニメ)なんだけどね!!!!



○ 2. 『神業速攻』&『超速攻
チェロとかバイオリンとかドラムとかピアノとかギターとかまじですごいから!!見て!!!!!
まじで「神業」だし「速く攻めてる」し「超速く攻めてる」から!!!
日向と影山の速攻を初めて見て驚く他校生の気持ちって多分こんな感じじゃないかなあ。
ここは本当に視聴覚的に強烈なインパクトがあって、これぞ生演奏の醍醐味という感じでした。
私が子供ならこれ見て楽器始めてた気がする。それくらいかっこいい。



○ 3. 『完全未知の司令塔』〜『チームの地力』〜『http://recochoku.jp/song/S1005919663/=決着
この推し曲だらけの流れは熱い。


『完全未知の司令塔』
タイトル通りインハイ予選青葉城西戦の菅原さんの曲で、流れる映像もその時のなんですけど、なんか軽やかで穏やかな、スタッカートからのスラーみたいなとこがほんとスガさんですよねっていう……これこの時の影山の音楽では絶対ないよねっていうのひしひしと感じますよね。絶対こんな跳ねないもん。
優しい曲調の中に音を切る「跳ね」と音をつなぐ「流れ」が同居していて、"烏野のもう一人のセッター"の完全なる強みがここに表れているようで尊い


『チームの地力』
この曲は伊達工戦でむちゃくちゃに素晴らしい使われ方をしているんですけど(こちらの記事参照)、実はタイトルから推察できる通りおそらく青葉城西戦をモチーフに作られてるんですよね。
コンサートではそこの空気の変化とこの曲の入りがぴったりで「あーー、そうだよなーーーー」と。やっぱり生で見ると金管のビジュアルも映えて眩しいです。


『決着』
私が無意識に及川さん推しになってるだけなのかもしれないんですけど、2017年のコンサートにおける及川徹というキャラクターの引力と遠心力めっちゃ大きくなかったですか。気のせいですか。
単純に青葉城西戦が2回あるからかなあ……いや、でもなあ……
この曲については過去に語り尽くしたんですけど(こちらの記事参照)、あらためて及川さんの背中にチェロの音色ってよく合うなあと思いました。
あとこの曲ってチェロ→バイオリン→ホルン→オーボエ→フルート→トランペット…みたいな感じで(楽器名は自信ない)明確にメインパートを交代しながらメロディラインを繋いでいくので、ベタなこと言いますけどほんとまさにバレーボールみたいなんですよね。同じフレーズでもチェロとバイオリンでアーティキュレーションというか音の切り方が違うのも示唆的に聞こえてくるなあとか。
キャラクターひとりひとり順々にスポットが当たるハイキューのストーリー運びにもとても近いなと思いました。



○ 4. 『月の出』&『月の輪
タイトルだけでわかりますね、ツッキーの曲です。
ハイキューには省エネキャラが何人かいますが、その中でも「たかが部活」と本気で思っているという点でツッキーはかなり異質なキャラだと思っています。
その異質性は音でも表現されていて、比較的生っぽい楽器の音が多いハイキューの劇伴の中にあって、ツッキーの曲はかなり目立つ形で電子音が使われています。
人工的な音、(聞く人によっては)感情の薄い音、そういった響きが「本能より理性」なツッキーにぴったりで、特に『月の出』は半端な入り・けだるいリズム・ぐるぐるフレーズと最高にツッキーなんです。内山昂輝さんの声の覇気のなさ(の演技)との相乗効果でどんどんテンションが下がってくっていう。最高に良い。
コンサートだとそれが演奏姿やホールでの響きにもあらわれてくるので、余計に他とは違う感じがします。


ただこれ熱いのは、『月の出』ってたとえば東京合宿の「(木兎さんのスパイクを)止めなくてもいいんですか」とかまさに月の出的なタイミングでかかってて、コンサートも多分そのあたりの映像だったと思うんですが、アニメの3期ではあのシーンでもかかってたんですよね。
白鳥沢戦の、「相手セッターに ブロックを欺いてやったという快感も 達成感も与えてはならない」のところ。
そしたらすごいんです、「半端な入り・けだるいリズム・ぐるぐるフレーズ」が、「ツッキーのもやもやした内的心象風景」だけじゃなくて、「いつの間にか白布さんが陥っていたツッキーの罠」を表す曲になってたんです。かの異質性が「ツッキーの葛藤」から「ツッキーの武器」になってるっていうね、すごいね。


そしてその異質性を最高の形で継承、昇華しているのが『月の輪』です。
ツッキーのガッツポーズとともに入ってくるこの曲は、「半端な入り・けだるいリズム・ぐるぐるフレーズ」の全てを一旦失って、その電子音だけがハイキューらしい音の世界に飛び込んでいます。むしろさらに感情的というか、いっそJ-POP的な気さえする。
アレグレットの四拍子と迎え入れるような伴奏の上で、自律的に動き回る電子音にほんとグッときますね……電子音なんだけど、いきいきしている。
明らかに何かが動き始めたというのが最初の数小節だけではっきりわかる、キャラクターの造形にまで踏み込んだ劇伴です。
ツッキーの「その瞬間」までの物語は本当に20巻近くかけて糸のように細く長く、丁寧に紡がれていたと思うのですが、そのスタンスがきちんと音楽でも受け継がれていることになんだか感動してしまいました。



○ 5. 『コンセプトの戦い
コンサート本編最後の曲です。(このあとクレジットとイマジネーションアレンジ、アンコールでメインテーマがきます)
白鳥沢戦クライマックスの映像が流れるんですけど、試合結果知ってるのに本気で手に汗握りました。
「これ白鳥沢勝つんじゃねーの!?」みたいな。
この曲や前述『決着』はメインテーマ『ハイキュー!!』のアレンジ曲なんですが、このメロデイラインが流れてくると「どっちも負けないで」って気持ちになってくるから不思議です。それこそ両者に幸あれと思ってしまうんですよね。ましてやさっき、この結末を知らない頃の彼らの映像で登場人物紹介見ちゃってるから。どっちにも肩入れしちゃう。


あとこの曲、コンサートでは確か烏養さんの「バレーは常に上を向くスポーツだ」から入ったと思うんですが、
劇伴の話からは少しそれるんですけど、この言葉って、個人的には、第一話から繰り返しここぞという時に使われるとか、あるいは逆に漫画自体の最終回直前のクライマックス中のクライマックスまで出し惜しみするとかしてもいいくらいの渾身の台詞であり定義だと思うんですよね。
それを(白鳥沢戦のクライマックスとはいえ)漫画の途中も途中で出してくるのほんとすごいなーと。
この先これを超えるような発破があるってことなの……古舘先生の言葉の組立て能力どうなってるの……
と、漫画でのタイミングに慄いたものの、コンサートでこの台詞を聴けた時は、ああ、ここだったんだ、このタイミングだったんだと思いました。ほんとうに。



● 未来を想像して泣ける

今回は5選に限定してみましたが、アニメ『ハイキュー!!』のサウンドトラックには、全部でおよそ120ほどの作品が収録されています。
すべて『ハイキュー!!』という物語のため、『ハイキュー!!』の彼ら彼女らのためだけに作られた楽曲です。
2017年のコンサートでは、その中から38曲が演奏されました。
大好きだった曲が、映像と共に奥行きを持ってホール中に広がっていくのを体感したり、残念ながら聴けなかった曲があったり、生で聴いて初めて良さに気づいた曲があったり。
なんて贅沢で濃密な時間だったんだろうと思います。


コンサート中、なんとなく古舘先生の巻末コメントが頭の中に浮かんでいました。

「“文字”を持っている漫画に、音楽もあれば最強なのにな!と、よく思います」
(18巻 巻末コメントより)

この言葉に照らすなら、アニメは逆に文字を持っていないけれど、アニメ『ハイキュー!!』には持てる武器として最高の音楽がついているんじゃないかなあと、個人的には思っています。



ところで話めっちゃ戻りますけど、
今週のジャンプ(第285話)を読んだんです。最高でした。


それで私ひとつ気になってることがあるんです。
ミックス派の方もいらっしゃると思うので詳しくは書きませんが、
あのへん、音楽どうなるんだろうって。


なにぶん一人、「劇伴音楽」というものの対極に行こうとしているキャラがいるんですよね。
第285話のサブタイトルに顕著にあらわれてるんですけど。
はたして、あのサブタイトルを冠する劇伴って、作れるんだろうか。




いまの彼の背景に、音楽は必要とされるんだろうか。





……と、そんなことを考えていたらこのコンサートの素晴らしさを思い出したのでした。
非常に気になるので、アニメ4期5期、そしてコンサートが2019年、2020年とぜひ続きますようにとの願いを込めて。
まずはコンサート2018、楽しみですね!


www.j-haikyu.com

岡田准一さんにまつわる音楽の話をしよう

20年くらいこっそり応援している岡田准一さんがご結婚されました。
そこで彼にまつわる劇伴について書きたいと思います。



謎の急展開ですみません。
あと画像でっかくなっちゃった。



劇伴とは、ここではドラマや映画、アニメなどの劇中で流れる音楽のことを指します。
サントラやBGMというとイメージしやすいかもしれません。


さて、岡田准一さん主演作における劇伴の充実ぶりは異常です。
せっかくなのでランキング形式で発表したいと思います。
なんのランキングかはよくわからない。


あとぜひ実際に聴いていただきたいんですけど、いろいろ難しいので苦肉の策で試聴できるページへのリンクをはりました。
お手数をおかけいたしますがご査収の程宜しくお願い申し上げます。




第5位 軍師官兵衛 メイン・テーマ / 菅野祐悟

○ 作品:NHK大河ドラマ 軍師官兵衛(2014年)
○ 試聴:
※「収録内容」のところで試聴できます
www.sonymusicshop.jp



官兵衛の法号「如水」を思い起こさせる、美しく流れるような三拍子の曲です。
こちらはオープニングテーマですが、本編の第28話、本能寺の変のしらせのあと秀吉にギラついた目で「御運が開けました」と言って「主人公がダークすぎる」と評されたシーンで流れました。
ここぞというところでオープニングテーマが本編で流れるっていうのは、やっぱりどのジャンルでもアツいですよね。
今聴いてもあのシーン思い出します。めっちゃ怖かったもん。目。




第4位 Security Police / 菅野祐悟

○ 作品:SP 警視庁警備部警護課第四係(2007〜2011年)
○ 試聴:
※Tracklistで試聴できます(開いている試聴プレイヤーの子画面はいったん閉じてください)
www.billboard-japan.com



作品は見たことないけどこの曲は聞いたことある、という方も多いのではないでしょうか。
でっでっでっ、ででっでっでっ
ぱーぱらぱーーー
でおなじみのやつです。
あっ、お気付きですか。
そう、この曲、先程の軍師官兵衛メインテーマと同じ菅野祐悟氏が作曲されています。
全然印象が違いますね。しかも菅野さん30歳の時に作ってます。まじかよ。
軍師官兵衛メインテーマがじわじわと耳に馴染んでいったのに対して、こちらは一発目のインパクトが絶大でした。
これだけでドラマ見られると思ったくらい。
個人的には、『SP』という作品の看板のひとつとも言えるプロダクトです。




第3位 永遠の0佐藤直紀

○ 作品:永遠の0(2013年)
○ 試聴:
※Disc1の曲名一覧で試聴できます(開いている試聴プレイヤーの子画面はいったん閉じてください)
victorentertainmentshop.com



映画の冒頭、そして最後のシーンで流れていた曲です。緊迫、不安、飛翔感。それから。
あのシーンで観客の内面に沸き起こるすべての感情を、煽り、操り、増幅させてしまう。
この曲があるのとないのとでは空気感が大きく異なります。
そして個人的には今でもあまり気軽には聞けません。特にメインの弦楽器の音が恐いのです。
ところどころラピュタの劇伴(特に『ロボット兵 復活〜救出』)を参考に作られているのではないか…?と感じる部分があるのですが、確認したくてもなかなか向き合って聴くことができない、それくらいあのシーンに絡みついているように感じます。
劇伴というものの力、そしてその目的がなんたるかを強く感じる一曲です。




第2位 Library Wars / 高見優

○ 作品:図書館戦争(2013〜2015)
○ 試聴:
※ジャケット写真のところにある三角の再生マークで試聴できます
recochoku.jp



この曲は、思い入れがある人とない人とで聞こえ方がまったく変わってくると思います。
なんとなくボヤっとした曲に聞こえる人もいるかもしれません。
私も一作目の時はそうでした。


でも今の私は、思い入れ強すぎてもうめっちゃ泣ける。
映画二作目で、確か始まって1時間くらい経ってやっとこの曲が流れたんです、で、本が映ったんです、で、涙腺だばーですよ。
何言ってるかわからないですよね。私もわからないです。
メインの牧歌的で一途なバグパイプは郁、低音で下支えに入ってくる金管は図書隊、思わず感化されたかのように主旋律を受け継ぐトランペットは堂上教官です。
ええわかります何言ってるかわからないですよね。
だけど……きっと何年もこの記事を公開していたらおひとりくらいはわかってくださるんじゃないかって……!


たぶん一作目、スピンオフ、宣伝、などと続けて見ているうちに、いつの間にかこの曲に聞き慣れていたんです。知らず知らずのうちに。
そうすると、なんとなく音の「見分け」がつくようになる。そして勝手に自分の思いを「投影して見る」ようになる。
音楽は聴くものですが、これらの劇伴を聴くとき私は何かを見ている気がします。
不思議ですね。「これから見るシーン・今見ているシーン」の空気を作るだけではない、「今まで見たシーン」、すなわち過去を呼び起こす音楽への変貌です。
時間を積み重ねた、シリーズ物だからこそできることなのでしょう。




第1位 Kisarazu Cat's'n Roll / 仲西匡

○ 作品:木更津キャッツアイ(2002〜2006年)
○ 試聴:ない!!どうしてもない!!!



たぶん聞いていただければすぐわかると思います。オフィシャルな試聴ないけど!!!
なんか、ニュースやバラエティ番組のコミカルな風景とかの時によく流れてるようなイメージがあります。


その軽快でご機嫌なナンバーは木更津キャッツアイというドラマのために生まれた曲です。
もう15年も前ですね。
初めて聴いた時、「ああ、何かが始まろうとしている」と思いました。
まあ、ドラマの第1話が始まったんですけど。


当時視聴率がめちゃくちゃ悪くて、岡田くんをはじめとした出演者たちが土手かなんかで「俺らダメだわ」ってへこんでいたそうですが、
実際にはその後DVDが売れて、二度の映画化にまでつながり、そして、岡田くんの役者としての人生が開けました。
開けました……御運が開けました……わかりますか……
作品の枠を超え、シリーズが完結した今なお、様々な映像を盛り上げている一曲です。





終わりに

なぜ今、急にこんな記事を書いたかというと、単純に、そういえば岡田くんの背景に流れてきた曲が好きだったなあと思ったからです。
では岡田くん自身が歌い踊ってきた曲はどうだったのかって、
そりゃ最高に決まってます!!!
役者の御運は確かに開けましたけどね……歌って踊る岡田くんもとってもかっこいいんですよ……
それはまだまだ書けない書ききれない。記事にまとめるにはあと十年くらいかかります。
だからせめて願いを込めて。


これからも岡田くんの人生が素敵な音楽で彩られますように。



岡田准一さん ご結婚おめでとうございます
どうか末永くお幸せに!!

ドラペダ今泉ここが良かったコレクション2017冬



ドラマ『弱虫ペダル Season2』12話を見ました。
そうしたら今泉くんが最高にカッコよかったので、タイトル通り偏差値2くらいの記事を書きます。
偏差値ってそういうんじゃないよね!!


本当はもう少し理性の残ってる記事を書こうとしたのですが、どんなに知恵をしぼっても
「ひゃ〜〜かっこいい〜〜〜〜」
以外に言えることほとんどなかったので、
素直に感情の赴くまま、12話の好きなところについて思ったことだけ書こうと思います。


推しの演技が好きすぎた
記事を書くのにこれ以上の理由が要るのかい


ってやつです。



シラフの方すみません。
私もシラフです。







1. 小野田くんに肩を叩かせようとする時のちょいちょい

手をくいっくいってやってるとこです。
かっこいいですよね〜。























※ 本当にこんな感じで書いていきます。








2. 行かせないって 言ってんだよ!!

(すいすいすいすい)
擬態語です。漕いでるとこの。
素人の私は11話からのこのキレイな走りだけで「確かに今泉覚醒しとるね」って思ってしまいます……めっちゃ説得力ある。
さすが今泉と同じSCOTT買って普段から乗ってるだけある……え……木村さんてリアル今泉なのでは……?


3. だからおまえは 絶対についてこい!!

……って小野田くんのほうを見ながら言ったあと、前を向いてダンシングする直前に、もう一回後ろをちらっと振り返るじゃないですか。
この動作、原作にはないんですよね。
見ちゃったんだろうなーーー、小野田くんがついてくること、しっかり確認したかったんだろうなーーー、と思ってすごくグッときました。
というか、細かいこと言うと原作で今泉が小野田くんのほうを見るのは「(とり返す) オレが!!」のところなんですけど、ドラマではそこは見てないんです、「心配すんな」と「だからおまえは絶対に(ついてこい)」って言う時に振り向いてて、あああドラマの今泉が振り向いてまで小野田くんに伝えたい言葉はそっちなんだなーーー、と。
こういう動作ひとつひとつが積み重なって木村さんの今泉が出来上がっているんですよね。
すみません、以下、原作やアニメ・舞台等の話が頻繁に出てきます。苦手な方はご注意ください。


4. おるああああ 鳴子ぉォォ!!

ここまでのくだり全部ひっくるめて、とにかく言い方と声が好きすぎる。


5. 先頭は オレが走んだよ!!

ガンガンぶつかりあってヘルメットが少しずれて前髪が乱れた状態でのこの台詞。
最高にかっこいいですよね〜。











……なんか「ちゃんと見てんの?」って感じなのでここで長文書いてしまうんですけど、
私、ドラマの覚醒今泉はちょっとギラギラオラついていて、かつ少し子供っぽい印象を受けています。駄々っ子みたいなイントネーションの叫び方する時あると思うんですよね。
「〇〇なんだよォ!!!」って末尾にアクセントいくみたいな。すみませんうまく書けないんですけど、自分の要望を外に向かって強く主張することでむりやり叶えようとするみたいな言い方。


個人的な印象なんですけど、鳥海さんのアニメ今泉は叫ぶときでも抑えて抑えて、そのなかに感情がこもって圧が高まってる感があるし、何より「先頭は静かだから」っていう理由がぴったりな雰囲気なんです。まさにイメージカラー青という感じ。かたちでいうなら円錐みたいな。
太田さんの舞台今泉はかたちでいうなら球体で、これほんとにすごいと思うんですけどがむしゃらになってもスマートさとクールさがちゃんと残るんですよね。多分、太田さんの声が少し高めでカドがなくて、涼やかなんです。その相反する視覚情報と聴覚情報のギャップによって底知れなさと若干の狂気まで漂っている、とっても舞台映えする今泉だなあと思っています。


そのお二人の今泉が頭にあったので、ドラマの今泉のこの感じはちょっと意外だったんですけど、原作読み返したら、確かにそういう側面があるんです、今泉に。かたちでいうなら星型八面体みたいにギラつく瞬間が。
ただ、言葉のイントネーションはわからない。言い回しは大体一緒なんですけど、どんな言い方してるかは漫画からは読み取りきれないんですよね。だから木村さんの子供みたいな言い方も正解なのかもしれない。現に、ドラマの流れの中では、表情と合わさってすごくしっくりきていると思います。
そして私はこのイントネーションがものすごくツボなんですよね……ちょっと待って……今泉にそんな萌えポイントがあるなんて知らなかった……
演じる人や演出によって、同じ役、同じ台詞でもこんなに様々な側面が引き出されていくんだなあとちょっと面白かったです。


6. いいぜ!!来いよ御堂筋!!

そんで、ドラマ、原作ともに最高にギラついてたのがここ。私、12話でここが一番好きでした。ニヤッとした口もだけど、目が最高にイカれててすごい良かったです。
ここより前の「どけよ御堂筋!!」の時も結構な目をしてるんですけど、「来いよ」の時と違って挑発するような余裕のある目ではないんですよね。
先頭に立っていてもなお挑戦者から抜け出しきれなかった今泉が、ここで無意識に「受けて立った」ことによって逆に御堂筋が挑戦者になったかのように心理的形勢が逆転している。
木村さんがこの表情を見せたおかげでひそかな劇的転換シーンになってるなあと思いました。
舞台だと細かい表情までは見えないこともあるから、これを堪能できるのはドラマならではかもしれない。

あと私やっぱり木村さんの容姿の好戦的なところに惹かれてるんだなと思い出しました。ご本人の内面とは別の、好戦的な空気。


7. 勝てた

手で口を覆う仕草も原作とはちょっと違って(原作は拳を眉間に当てるような感じ)、今泉のイメージにはない動きなんですけど、なんとなくドラマの今泉には合ってるなあと思いました。


8. 上がれ 坂道!!

ここ原作では今泉が前向いたまま言ってて、それが従えてる感と信じてる感が同居しててめちゃくちゃかっこいいんですけど、ドラマの今泉はさっきのダンシングの時と同じで小野田くんのいる方を向かないと言えなかったんだろうなーーー、見ちゃうんだろうなーーーと。人にものを頼むときに顔向けないって失礼ですもんね。ドラマの今泉はそういうの無意識にしみついてるんだろうなあ。
あとこのシーンはSeason1の手嶋さんを抜くところに若干似てるんですけど、今回は冗長なところもなく間抜けにも見えず、とても良かったです。


9. 手のふるえは自分で止めろ

このあたりの今泉、なんか半分泣きそうな顔してるじゃないですか。それが最高に意外で子供っぽくて、目が離せなかったですね……こう振り返ってみると結構意外に思ったところにぐっときてるみたいですね。


10. オレがあいつに

ここは台詞が最高なんです。


オレが あいつに ついてこいっつったんで
したら あいつは “わかった”っつったんで


自由律短歌みたいな。
しかも今泉ってそこまで砕けた話し言葉だったかなって思うせいかなんか違和感あって、耳で聞いてると余計にひっかかるんですよね。個人的にはアニメを見ていた時にも印象に残った台詞の一つです。


11. ファスナー

ジャージの襟噛んでファスナーあけるのはSeason1の3話でもやってたのでドラマ今泉の専売特許です。あと羽生くん。


12. 全力で走れ 坂道!!

一番最後の小野田くんに思いを託すモノローグ、太田さんはしっとりバトンを渡すように語りかけてるし、鳥海さんなんて巣から落ちた雛をそっと親鳥に返すかのような雰囲気なんですけど、ドラマの今泉は全力で豪速球投げてて最後までドラ泉らしいなあと。
あと、アニメの今泉はかなり清々しいやりきった顔なんですが、太田さんと木村さんは「笑ってる」と言いつつちょっとだけ諦めの色が浮かんでいるというか、太田さんは悔しそう、木村さんは悲しそうで、生身の人間がこのシーンを演じたときに、諦観しきれないのがリアルなのかもしれない、とちょっと思いました。





最後に。

今泉って、インハイで小野田くんの背中を実際に押す最後の人物なので、もしちょっと物足りなかったりして原作好きなほうの私がずっこけたらどうしようって思ってたんですけど、見たら期待以上の今泉くんが余すところなく役割をまっとうしてくれていたので最高でしたね……
あらためて、作品上で推しがかっこいいってこれほど幸せなことないですね。しかも二重にですからね。どんなお祭りだよ。


それと今回思ったのは、同じ「かっこいい」でも見ている人によって琴線に触れてる部分は全然違うんだなあということです。
ドラマの感想を拝見していると気づきもしなかったようなところを語られている方がいらしたりしてとっても面白かったので、
もっともっとたくさんの感想が読みたいなーと思いました。








(12/23 13話放送後 追記)

13. ああ 信じてた

12話じゃなくて13話だけど!!
原作にもちゃんとあるシーンなんですけど、忘れてた!!完全に頭から抜け落ちてた!!こんなシーンあったよそういえば!!!なんで忘れてたんだ私は!!!むしろなんで忘れられたんだ……!!
心の準備もしてなくて完全に油断してたから思いっきりやられましたね……


あまりにひょいっと小野田くんを持ち上げるもんだから
エエエエエエエ ですよ……
そんな顔するの……ですよ……


そんな屈託のない笑顔でそんなまっすぐ小野田くんのこと見ちゃうわけ……
原作の今泉くんはそんな顔じゃないよ……
あとゴールする前に巻ちゃんにツッコミ入れるとこも……嬉しくってもうテンション上がっちゃって顔がにやけて隠しきれないうえに巻ちゃん先輩への懐き具合が出ちゃってるその感じ……
負けた…………
完敗だ……なんの勝負かわからないけど……原作は原作……ドラマはドラマだ………ドラマで実現し得る最高で最上の今泉だ………ありがとう……木村さんが今泉で本当に良かった……いい夢見れそう……おやすみなさい……