先日、パルコ劇場で舞台『メアリー・ステュアート』を観劇した。
すべてが素晴らしかったのだが、その中にひとつ私の心を捉えて離さない事象があった。
「木村達成さん演じるモーティマーの襟が片方ずっと立っている」
これに関して、その理由や効果について眠る前に羊を数える代わりに考えてみたのでここに記したい。
読んでくださった方のスムーズな入眠の手伝いになれば幸いである。
- ① うっかり(木村達成さんの)
正直、一番最初に思ったのはこれである。
しばらくは
え‼️
襟立ってる‼️
襟立ってますよ‼️
早く気づいて‼️
とちょっとハラハラしていた。
だが、何度袖にはけて出てきてもずっと片襟だけ立っているため、まさか木村達成さんを含めた全員が誰も気づかないほどうっかりさんであるとは思えず、「なるほど、これはそういうデザインなのだな…?」と段々と気持ちが凪いでいった。
そんな私の顔色が変わったのは帰りの電車の中である。
「はっ……もしや最初にうっかり片襟が立ったまま出てしまったため、途中で直すのも変だから『ええ、そういうデザインですが?』で通したのでは……?」
急に動悸がし始め、推しや周囲の方々がどんなにか「やべっ」と思っただろうかと案じた。
ところが私は気がついたのである。
「他の日も立っていたのかわかれば良いのでは…?」と。
早速「モーティマー 襟」でX(元Twitter)を検索した。最近のXの検索は全然使い物にならないのだが、この件に関しては無事同志の方(ただし右襟立ってますよ派の方と左襟寝てますよ派の方がいた)を見つけることができた。
さらには、ネタバレ防止のために未見だったゲネプロの写真も確認した。
あれ…?思っていたより立ってないな、と思ったが、右襟が多分左襟よりはちょっと立ち気味である。さらにはジャケットのデザインがアシンメトリーであることも確認できた。
やはりこれは、そういうデザインの衣裳なのであろう。
- ② うっかり(モーティマーの)
片襟が「劇中世界でも」立ってるパターンである。
この場合、モーティマーの「うっかりさん」なところを表現している可能性がある。
メアリー(この子、片襟が立っているわ……)
エリザベス(この子、片襟が立っているわ……)
この二人はちょっと直してあげたい衝動に駆られているかもしれないが、そんな仲でもないのでほっとかれている。
レスター(こいつ、片襟が立っているな……)
バーリー(こいつ、片襟が立っているな……)
この二人も当然そんな仲ではないのでやはりほっとかれている。なんならいつまで襟が立っているか面白がられている。
ポーレット(こいつ!片襟が立っているじゃないか!!!!)
こうなってくるとモーティマーに助言できるのは叔父であるポーレットだけなのだが、彼はどうやら何も言わないようである。「自分で気づけ」ということなのだろうか。手厳しい。獅子の子落としである。
ただ、観客目線で言うとなんだか優秀でまっすぐそうなモーティマーにこんなうっかりやさんなところがあると思うとそのギャップにちょっと「可愛いな」と思ってしまう。メアリーやエリザベスも「ちょっと可愛いところがあるわね」と思ってうっかり心を開いてしまったのかもしれない。二人のうっかりぶりもなかなかである。
- ③ 詰めの甘さ(モーティマーの)
これは片襟が「劇中世界でも」立ってるパターンでもいいし、「劇中世界では立っていない」が「暗喩として片襟が立っている」パターンでもよい。
先程「可愛いな」と少し甘やかしてみたが、憧れの人に初めて会うという時に片襟だけ立ってしまっているというのは、これは詰めが甘いと言われても仕方がない。ちゃんと事前に姿見で確認をしろ。新卒の社員が入社式で片襟立っていたら「しっかりして!!!!」と思ってしまうだろう。ましてそれが自分だったら、と考えると枕に顔を押し付けて「アアアアアアアアアアアアアアアアアア」と言うだろうと容易に想像できる。
モーティマーは自分の片襟が立っていることに気が付かずに生き急いでしまったが、あの世でもし姿見を見たら「あの時も……」「あの時も……」「あの時も………………っっ!!」とその行いを悔いたであろう。
だが、モーティマーが悔いるべきはそこではなく、己の策略や振る舞いの詰めの甘さである。
- ④ オシャレ
おっと、ここに来てモーティマーのターン!
「本人はオシャレのつもりでやっている」可能性はないだろうか。雑に検索したらこんなページが出てきた。
コートの両襟を立てるのがオシャレなら、ジャケットの片襟を立てることがモーティマーの美意識に適ってもおかしくない。それどころか、「当時はそういうスタイルが流行していた」可能性すらゼロではない。
検索していたらこんな特集を見つけた。
これらの写真を見ていたら、モーティマーの襟も本当にオシャレなのではないかと思えてきた。
ファッションとは奥が深い。詰めが甘いとか言ってごめん、モーティマー。
- ⑤ イキってる
ごめんと言った矢先に刺しに行くスタイル。
これはどちらかというと片襟が「劇中世界では立っていない」が「暗喩として片襟が立っている」パターンである。つまりモーティマーの「イキり」具合を表現しているのではないか、というのである。
劇中のモーティマーは若く、青臭く、カトリック教やメアリーに傾倒し、過激なところもあるがしかしおそらくは優秀でまっすぐな青年である。
この、青年時代独特の「突っ走り感」に、木村達成さん固有の「狂気」と「爽気」が合わさって(そんなもの普通合わさらないだろ)、いい塩梅の(オタクが大好きな)「ヤバさ」が生まれている。
この木村モーティマーの「精神の昂り、抑えきれない高揚感」を象徴するのが「立ってしまった片襟」なのではないだろうか。
- ⑥ 二面性の表れ
真面目な考察が続いている。モーティマーはメアリーに良い顔をし、エリザベスにも良い顔をするので観客からするとしばらくはどちらが本音なのかわからない。そのような裏の顔と表の顔を使い分ける彼の二面性を、非対称的なデザインの衣裳が強調しているように思う。
- ⑦ 所属を表している
衣服といえば、制服などのように身につけている者の「所属」を表すものでもある。
これはよく見ていなかったのでわからないのだが、舞台上に「スタンドカラー派閥」と「Notスタンドカラー派閥」があったのかもしれない。その場合、両方の襟を有するモーティマーは、どちらの派閥にも所属しているあるいはどちらの派閥にも所属している「ふりをしている」ことの暗喩である可能性がある。これはもう一度舞台をよく見て確かめたい。
- ⑧ 彼の本性を表している
「襟」といえば、「胸襟を開く」「襟付きが厚い」など慣用句で使われることも多い言葉である。その中でも特によく聞くのが「襟を正す」ではないだろうか。
襟を正す
襟は衣服の要。着物の襟が乱れることは礼を欠くこととされ、身だしなみを整える=心を正す、という意味が生まれました。
現代でも自然と使われ続ける、息の長い表現です。
身だしなみを整え、心を正す。
モーティマーがメアリーやエリザベスに会う前にそのように「襟を正して」いれば、「襟が片方だけ立っている」状況にはなり得ないのである。つまり、モーティマーは女王に拝謁する際にも「襟を正さない」ような人物であったということだ。
これは一見意外なようだが、やがて明らかになる彼の本性からそれがあながち誤りではないことを我々は知る。モーティマーの本性は最初からその衣裳によって暗示されていたのかもしれない。
色々考えていて思ったのだが、同じ「舞台衣裳」でも、「劇中世界でもリアルに着ている」タイプのものもあれば、「劇中世界では着ておらず、その人物の性格や状況を表す象徴である」タイプのものもある。
後者の場合、「本人は自分がどんな服装をしているか知らない」というのが面白い。
全体的に黒、茶色、灰色など暗めの色で統一されている衣裳群の中で、唯一、フランスから来たオーベスピーヌだけが綺麗なブルーの衣裳を身につけていることが、今回は後者のタイプの衣裳であるという証だと私は考えている。が、もしリアルにイングランド側はわりと暗めの服が好きorそれで統一しなければいけないルールなどがあって、そこにオーベスピーヌが「やあやあ我こそは」とあの目の覚めるようなブルーでやってきたのだったらちょっと面白いなと思う。普通の制服登校の日にうっかり体操着で登校した私くらい浮いている。そうだ、あの時の恥ずかしさに比べれば、モーティマーの襟など取るに足らないことである。あの世のモーティマー、姿見など見ずに安らかであれ。
羊を数えるようにあれこれ挙げていたつもりが、オーベスピーヌの鮮やかなブルーですっかり目が覚めてしまわれたかもしれない。
ご容赦のほどを。
それにしても、木村さんは正装やそれに近い衣服が本当によく似合う。久しぶりにモード系でビシッと決めた感じの木村さんを観た気がするので惚れ直してしまった。
結論:木村達成さんはかっこいい
何かを観た際の「印象」や「感想」に答えなどないと私は思っているが、それでも衣裳を創作された方(今回は十川ヒロコさん)の意図に少しでも近づきたいとも思ってしまう。
まるで故事のような「モーティマーの襟」、次回観劇時もその意味や可能性をじっくりと考えていきたい。舞台衣裳とは奥が深く、限りない表現の可能性を持つものであると教えてくれた舞台『メアリー・ステュアート』に感謝を。