私は、ラジオ番組『V6・ジャニーズJr.のカミセンニュースショー(1995年10月 - 1996年3月、ニッポン放送)』出の岡田准一さん担でした。
1996年、小学生の時に、Jr.目当てでラジオを聴き始め当時中3でV6兼カミセン(Coming Century)だった岡田准一さんのまったりした喋りを耳にして「この人、優しそうな人だなあ」と好感を持ったのです。
あれから30年。子どもだった私もいまや立派なアラフォーに……綾小路きみまろのネタみたいだな。
今、「担当」とか「ファン」を名乗るのは烏滸がましいなと思っていて、そう名乗れるほどの応援は正直なところできていないし、ただただ遠くから、「幸せでありますように、仕事が成功しますように」と祈っているだけの何かだなあと思っていました。
そんな折、『岡田一門 ~初陣~』(岡田准一さんファンクラブ初のファンミーティング)に参加させていただいた時、岡田くんが「人生を見てもらっている」という表現を何度かしていて。それがとってもしっくりきたのです。
「岡田くんの人生を見させてもらっている」
それだ!と。
イベントはひらかたパークの野外ステージで行われたのですが、その日の席はすり鉢状の会場の一番上のほぼ一番端っこの席で。このくらいの距離感で、岡田くんが15歳の頃から45歳の今まで30年間ずっと「人生を見させてもらって」きたなあ……と。
遠くから応援するでもなくじっと見てるって、それもうなんか憑き物の類じゃないかと自分でも思います。きつねかもしれん。でも呪ったりはしてない、常に祝福し続けるきつねでありたい。
私は、ひらパーの野外ステージの最上段から常に岡田くんの成功を祈っているきつね(自認)です。
この記事はそんな私の、初陣備忘録と私の思い出が交錯する自分用のメモです。
実際にはもっとたくさんお話ししてくださいましたが、アラフォーの記憶に残っているところだけです。すみません。
⚫︎ 登場前
影ナレでお客さんを煽る園長:座ってるぅ〜?みんな、座ってるぅ〜!?
きちんと座っているお客さんたち:いえーい!
この煽り、今年イチ面白かったな。普段どんだけつまんない生活してんだよと思われそうだけど。
⚫︎ ひらパー園長、前座として登場
前座の園長:へいへいへい
お客さん:キャー!
園長:盛り上がってますか!
お客さん:いえーい!!
園長:もっと!
お客さん:いえーい!!
園長:もっと!!
お客さん:いえーい!!!
園長:もっと!!!
お客さん:いえーい!!!!
園長:懐かしいやろ〜?
この時点ですでに込み上げてくる万感の思い。
このコール&レスポンスが、V6やカミセンのコンサートでの冒頭の挨拶の定番だったんです。
これをひとりでもやってくれるなんて……
前座の園長:今日の岡田准一さん、一張羅を着てきてますから。
「一張羅」嬉しそうに何度も言っていてかわいかったです。門下生(岡田くんのファンネーム)と会うために一張羅を着てきてくれたんかよ……なんてこったい……
“岡田准一”さんのファンミーティング当日、枚方公園駅に設置していた“岡田園長”等身大パネルは、11/28よりAI搭載園長像横に設置することが決まりました🙌
— ひらかたパーク (@hirapar_pr) 2025年11月27日
これからはいつでも園長が、
「えっ!わざわざ来てくれたん!?」と
みなさんをお出迎えするでおま😎👍#ひらパー#超ひらパー兄さん pic.twitter.com/vuZ9O29VMn
⚫︎ 一張羅を着た岡田准一さん、満を持して登場
私が絵を描けたらよかったんですけど……なんかすごいおしゃれかわいいコート?をお召しになっていました。ちょっとパッチワークみたいな感じの。中?に馬の毛が使われているそうです。
そういえばこの日、野外ステージだからさぞかし寒いだろうと思って厚着して行ったんですけど、めちゃくちゃ暑くてさすが岡田師範パワーと思いました。カイロを無効化しやがる……!
岡田くん:普段ならライターさんとか編集さんとか挟みますけど、今日は直接話せるので。その時思ったこと感じたことを大事に、喋っていけたらと思っています。
岡田くん:解散してから、なかなか会う機会も設けられなくて…………やっとこうしてみんなと会える場を、僕の故郷の大阪でやらせてもらって…………ずっと会えなかったのに、こうしてみんな今日来てくれて……………………待たせてしまったなって…………………………
まさか、岡田くんが、こんなふうにファンを前にして感極まるようなことがあるとは想像もしていなくて、
言葉に詰まりながらも、真摯に、丁寧に気持ちを伝えようとしてくださっていて……
当たり前だけど、30年の人生を見せてもらってきてもまだ知らない面があるのだと。
そしてコロナ禍、グループの解散、事務所の混乱、独立、それらの5年間がどれだけ大変だったのかと…………
私はまだ旧ジャニーズ事務所をめぐるトラブルを自分の中できちんと整理できていないのですが、ただ、岡田くんが二次加害に加担するようなことがあれば黙って去ろう、と思ってきました。
はたから見ているだけでもつらかったですが、その渦中にいた岡田くんはどれだけの思いを抱えて歩いてきたんだろうとこの時あらためて思い至り、本当に……なんだろうな、岡田くんは他人なんですけど、胸が張り裂けそうな思いでした。今更ですよね……担当の皆さんはその間もずっとずっと岡田くんのことを応援し続けていらしたのだと思うと、岡田くんの涙にもらい泣きしている姿に、敬意を表したかったです。どんな時もみなさんが支え続けたからこそ岡田くんは今もここにいてくれていて、それを岡田くんもわかっていて……理想的な師弟関係(師範と門下生だから)だと思いました。きつねはこのイベントのチケットが超激戦であったことを知り、ずっとこのイベントに参加してもいいのか、ここにいてもいいのかと申し訳なさを感じていましたが、逆にこの素敵な関係を目撃者としてインターネットの片隅に記すことで残しておきたいなと……誰も読まないかもしれないけど、未来の私が読むので…………
⚫︎ 岡田准一クイズ
岡田くん:3歳まで喋らなかったこと知ってる?
お客さん:知ってるー!
岡田くん:どこで生まれたか知ってる?
お客さん:車ー!
岡田くん:なんで知ってんの!?
岡田くん:え、じゃあ昔家族からなんて呼ばれてたか知ってる?
お客さん:『くんくん』ー!!
岡田くん:───!!(何かを悟った顔)もう熟練のファンしか残ってないんだ……!!!
岡田くんの開いた悟りがちょっと面白かったんですけど、そんなわけなかろうよ、ご新規さんもみんな岡田くんのこと知りたくて調べまくるんですよと思いました。
⚫︎ 美人期トーク
バックに2002-2004年頃のananの写真を映しながらの美人期振り返りトーク。
岡田くん:美人期ねー。みんな好きよね。この頃人気も出て……自分で言うのもあれだけど。ちょうど女性のキャリア形成の物語が出てきた頃なんですよ。その頃に年下の男ブームっていうのがあって(それにのって)出たんですよ。『末っ子長男(姉三人)』とか、中谷美紀さんの……『恋愛偏差値』とか。
言われてみれば確かに!と。
自分が岡田くんより年下だったので「年下の男ブーム」にのって出てきたなんて思ったことなかったんですけど、思い返してみれば『東京タワー』も年下の男性との恋愛の話だし、あーそういう時代だったんだなーと。ちょうどバリキャリみたいなドラマも流行ってたのかな。
自分がどういう状況で道を歩んできたかをすごい客観的に見てるんだなーと思いました。プロデューサー目線だなと。
岡田くん:僕にとって美人期はシュガー期なんですよね。『キングダム』とかの佐藤信介監督に「初めて会った時、角砂糖食べてましたよね」って言われて笑 あんまり食べないほうが感覚が研ぎ澄まされる感じがするし……ギリギリで生きてました。この頃はアイドルをずっと続けていくことはできないと思っていたので……何がしたいかっていうのをずっと考えていました。アクションなんで始めたか知ってる? 時代劇という文化を残したいと思っていて、、、とか、殺陣とかアクションなら言葉が通じなくても伝わるとか、色々考えていました。みなさんも若い子を応援している人、絶対そういう時期あるから、色々考えているはずなのであたたかく見守ってあげてください。
岡田くん:当時は見つかりたくないから地味な格好をしているんですけど、それでダサいとか言われて悪循環、笑 こんなん(一張羅)着てたら目立つからね!!みなさんも応援してる人が地味な格好をしていたら見つかりたくないんだなと思ってあげてください。
岡田くん:昔『D×D』っていう作品があって……芝居を好きにしてくれた作品で。(共演の)長瀬くんには感謝しています。正式名称知ってる?「デンジャラスエンジェル・デスハンター」。今またやったら面白そうな企画です。
終始「出る側」と「仕掛ける側」の目線があるなと感じたし、何より後輩や若い俳優さんたちへの温かい思いを感じました。自分がこうだったから、こうしてあげたい……みたいな。ものづくりの現場をもっとより良いものにしていきたいという思いがあちこちに滲み出ているトークでした。
⚫︎ 俳優期トーク
さっき美人期のananの写真が後ろに出てたので今回もそうかと思ったら、バーン!!と「俳優期」という文字だけが映されたのでちょっと面白かったです。

岡田くん:自分の中で決めていたプランがあって。14歳から24歳はアイドルを頑張る。24歳から34歳は俳優を目指して頑張る。34歳から44歳は俳優を頑張る。44歳からはプロデューサーとかを頑張る。イクサガミの話が来たのは42の時で……全部なくなってひらパーとイクサガミだけ残ったんですよね。色々なくなっちゃった。
岡田くんが大河ドラマ『軍師官兵衛』の主演をやったり、日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞&最優秀助演男優賞をダブル受賞したのが2014-2015年、34歳くらいの時なので、プランを実現させる力がすごいなと……
そして私が「担当」から「きつね」になったのもちょうどこの頃で。安心したんですよね。なんか、もうこの人は俳優として、これからもきっとたくさんの面白い作品に関わり、作り出していくであろうと信じられたというか……日本アカデミー賞の授賞式を見て、よかったねえ、報われたねえ、よかったねえと、それこそ私の方が憑き物が落ちたような感覚になって。それからはもう、ひらパーの最上段のきつねとしてやってきて。
一度仕事がほとんどなくなってしまった岡田くんが、今またこうして主演/プロデューサー/アクションプランナーの三役を務めた『イクサガミ』が高い評価を得て、ああ、よかった、またひとつ、岡田くんの努力が報われた…………と私の中のきつねが申しております。
Netflixシリーズ『イクサガミ』
— Netflix Japan | ネットフリックス (@NetflixJP) 2025年11月26日
グローバル〈非英語シリーズ〉
✨🏆1位獲得🏆✨
さらに世界88の国と地域で
週間TOP10入り⚔️
日本最高峰のオールスターキャストが贈る
超弩級のバトルロワイヤル
世界独占配信中!#イクサガミ #LastSamuraiStanding pic.twitter.com/3FUMHlGf3M
すごいよなあ…………世界で一位だもんなあ…………
ずっとその背中を見て、ずっと勇気を貰い続けてきたから、でもそのスタートが10分くらいのラジオで「優しいそうな人だなあ」と感じたことだったから、こんなところまで突き進む人だなんて当時は思いもしなかったです。すごい人の人生を見させてもらっている。本当に些細な偶然から始まった奇跡で、ありがたいことです。
岡田くん:作品を撮っている時と作品が世に出る時とでタイムラグがあるので……『イクサガミ』を撮ってる時は着物だからちょっと恰幅が良くなきゃいけないとか。それで心配されたりとかもあって。この間までは『SUKIYAKI』をやってて。いい映像が撮れました。あとは監督がどう編集してくださるか。楽しみにしていてください。
お母様とお姉様がピアニストの岡田くん、やっとピアノを弾く役が来た…!!と解禁の時めっちゃテンションが上がりました。来年も楽しみです。
/
— 東宝映画情報【公式】 (@toho_movie) 2025年2月19日
#岡田准一 主演最新作!
名曲「#上を向いて歩こう」誕生秘話♪
\
🎬2026年公開!
<監督:瀬々敬久>
映画『#SUKIYAKI 上を向いて歩こう』
時代を切り開いた
男たちの魂の物語が映画化!
涙がこぼれないように、
上を向いてご期待ください!
《主人公・中村八大役/岡田准一コメント》… pic.twitter.com/U7ATvxhzJp
⚫︎ お誕生日をみんなで祝いたい
11/18がお誕生日の岡田くんに、みんなでハッピーバースデーを歌ってお祝いする機会をいただきました。いろんな師範が乗ってるケーキも出てきて可愛かったです。
岡田くん:ハッピバースデーディアのとこ何にする?みんな俺のこと普段なんて呼んでるの?岡田くん?准くん?岡田?あのね、おれ岡田呼びはメンバー以外認めてないから!!岡田呼びは認めてません。准ちゃん?准ちゃんはいないか笑 俺のこと准ちゃんて呼ぶの木村大作さんだけだから笑
「岡田呼びはメンバー以外認めてない」が生で聞けてよかったです。
⚫︎ みんなで写真を撮りたい
岡田くんのあのカメラで…!!メンバーを撮り続けた、カミセンお揃いのライカで、客席みんなと写真を撮ってくれました。
岡田くん:(カメラを覗きながら、舞台側がちょうど影になってしまうので)あー、暗いなあ。俺暗くてもいい?
絶対ダメだろ!!!!!
ってあの場にいる全員思ったと思う。
結局岡田くんが客席の上の方まで登ってきてくれてみんなで撮ることができました。
イベントが終わった後にその写真がメールで送られてきて、大切な宝物がまたひとつ増えました。
⚫︎ 最後に。
岡田くん:今は、求められることをまっとうするっていうことを大事にしています。それはグループ、V6から学んだことで。色々、わかりづらかったと思います。「愛してるよ」って言うのは簡単だけど、作品で返したかった。こうして応援してくれたりだったり、時間を使ってもらっているみなさんに、誇ってもらえる人になりたい。そう思っています。
私はただの傍観者のきつねだけど、
応援している人からそう言ってもらえる門下生の皆さんは、とても幸せだろうと思いました。
そして私も、その幸せ空間の中でたくさん息を吸って、自分の中に30年間持ち続けた風船をまた満たして、大満足でその場をあとにしました。
岡田くん、『イクサガミ』のヒット、本当におめでとうございます。
30年間、いろんな景色を見せてくれてありがとうございました。
これからも、きつねはきつねとしてひらパー野外ステージの最上段から岡田くんの人生を見守らせてください。
きつねより
(えっそういえばペンネーム「とら」じゃん……動物自認しすぎだろ……………)
おまけ
私は、V6はもちろんなんですけどカミセンニュースショー出の岡田くん担なのでカミセンにも並々ならぬ思い入れがあって。
カミセンに出会ってからはずっと『大丈夫』という歌に、2009年からはずっと『ファイト』という歌に励まされてきました。『大丈夫』なんて今聞くと「子どもじゃん!!!!!」って感じなんですけど、当時中三、高一、高二の3人組なのでふつうに子どもなんですよね………
(歌詞はこちら)
大丈夫
Released on: 1996-02-14
カミセンの良さは、ビジュアル最高峰のアイドル(私の中で)であるにもかかわらず、「泥くささ」を隠さなかったところだと思うんです。いや、もちろんアイドルの時は三人揃って完璧な一番星の生まれ変わりだったんですけど、そんな彼らが時にアイドルと生身の人間との狭間で揺れる、その姿をあえてファンのみんなに少しだけ見せてくれたところ。それによって「つらいけど、頑張ろう」と伝えてくれたこと。
その3人の生き様に、私は支えられ続けてきたんだなと。いま三者三様の道を進み続ける3人を見ていても思います。
『ファイト』が披露された2009年のカミセンのコンサートは、2003年以来6年ぶりのコンサートであり、そこでこの歌は「再びカミセン3人が集まる意義をすごく考えました。そしてこの歌を作ってもらいました」と紹介されました。この歌に込められていることが、カミセンがあの時、一番伝えたいことだったのだと私は解釈しています。
そして、その2009年のコンサートがカミセンの最後のコンサートになりました。
子育てもそうだけれど、生きている上でいろんな場面が、これが最後になるなんて思わずに過ぎていくんだなあと……だから悔いのないように生きていきたいけど、それもまた難しいことだよなあ……と思ったり……いろんな制約があるなかで、みんなそれぞれ、最大限に頑張っているんですよね。
ファイト
Released on: 2009-07-29
(歌詞はこちら)
Be with you
Released on: 2002-12-11
あれが最後になるとは思っていませんでしたが、2009年コンサートのアンコールでカミセン3人がこの『Be with you』を歌いながら外周をまわっていた姿は、強く印象に残っています。
カミセンのアニメがあったら、これが最終回だな……って、当時思ってた。そんな穏やかな時間だったんです。映像に残っていて本当に良かったなって……
「流れて消える星のような 少年時代」
本当にそうだった、本当に。
(歌詞はこちら)
今回V6の曲がサブスク解禁になるにあたって、同時にComing Centuryの曲も解禁されたこと、本当に嬉しかったです。
関係者の皆様、メンバーの皆様、ありがとうございました。