王様の耳はロバの耳

言いたいけど言えないからここにうずめる

終わらせるということ ー ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』を見た(2回目)

先日、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』を観ました(2回目)。

前回の感想はこちら



【前回】
ロミオ:大野さん
ジュリエット:木下さん
ベンヴォーリオ:木村さん
マーキューシオ:黒羽さん
ティボルト:廣瀬さん


【今回】
ロミオ:古川さん
ジュリエット:葵さん
ベンヴォーリオ:木村さん
マーキューシオ:平間さん
ティボルト:渡辺さん


ということで、ベンヴォーリオ以外全員異なるキャストさんでした。
どちらも……!!
どちらもすごく良かった……!!
こんなにも変わるものかと。
観終わった後の印象が全然違う。
心底全キャストの全組み合わせを見たかったです。
三浦さんのベンヴォーリオ、私絶対好きだと思う。
そんな予感がひしひしとしている。




以下、感想です。
ネタバレありです。
W・トリプルキャストの役者さん同士を比較する記述が多々登場しますが、
どちらか一方の良し悪しを主張するものではありません。
「みんな違ってみんないい」ですね本当に。
作品への思い入れが深まる。



ロミオとジュリエット

とにもかくにも今回一番驚かされたのが古川さんのロミオです。
なんだか勝手に、闇を抱えたガラス細工のように繊細なロミオなんだろうな…!と思っていたのですが、全然違う!
雰囲気は陰っぽく涼やかなのですが、振る舞いは明るくおっとりまっすぐなロミオ。
たとえがあれですが勉強が得意で世間擦れしていない生徒会長みたいだと思いました。
むしろ大野さんのロミオの方が太陽のような優しさの中に闇を抱えているように見えた。


でも始まってすぐ、「これは…!!」と思わされまして。
目線のやり方なのか声の届け方なのかなんなのか、
『僕は怖い』の意味が全く異なって聴こえたんですよね。
大野ロミオは自分自身にひたひたと迫る死を恐れているように感じたのですが、
古川ロミオは、ただ他者の死を怖いと言っている。
自身の消失ではなく、親しい人の喪失を恐れているように聞こえたんです。
古川ロミオは、喪うことは怖いけれど、自分が死ぬことはそれほど恐れていないのだ、という印象を受けて、
結構衝撃でした。
そんなふうに弱さと強さが逆転するのかと。


その延長線上で何が起こるかというと、
ロミオが自分の死を恐れていないせいで、
死ぬことがロミオにとっての救いであるという印象が強くなるんですよね。
古川ロミオにとって一番怖いのは他者の喪失で、
それから逃れるためにジュリエットのあとを追った。
大野ロミオは自分の死を恐れていたけど、それでもジュリエットのあとを追った。



全然、印象が違う。



古川ロミオは利己的で、だからこそ叙情的でした。
「親しい人を喪うこと」への恐怖は、具体的で、観る側がそれを言葉で想像することができるから。
そして、彼がそれを「連鎖させた」という物語まで浮かび上がっていたから。





葵さんのジュリエット、可愛らしく、はねっかえりで微笑ましかったです。
本当に携帯持ってなさそう。


スマホとかSNSに疎いから逆にそれを過信してしまっているという感じで、
「メール読んでないの!?」っていう台詞も妙に説得力がありました。
スマホもメールも万能ではないと、知らない女の子。
メールというツールの不確実性を知ってたら、神父さんが「ロミオにメールしとくね」って言い出した時「メールじゃなくて電話にしてもらえませんか!?」って言っちゃいますよねーーー
「せめてLINEでお願いできませんか?」
「むしろ今お電話をお借りしてわたしからお伝えしてもいいですか?」
「むしろ使いをやってほしいのですが?」
みたいな。
だから神父さんはさーーー、もうちょっと気を配ってもいいですよねーーー
ロミオもさーーー、荷物とかも普通に他人に預けちゃうしさーーー。
スマホどころか財布とかクレカとか着替えとか家の鍵とか全部失ってそう。
最後に「過失」という言葉が思い浮かぶの、個人的には少し気になるかなあとは思いました。なんかジュリエットが違う意味で可哀想で。
そういう点では直接言いに行ったベンヴォーリオは本当に信頼できる。



あと葵さんは台詞を喋るみたいに歌いますね!
歌と台詞がかなりシームレスな印象ですごいなぁと思いました。
そして古川さんとの声の重なりが!
「相性が良い」というわけではない気がしたのですが、決して混じり合わない二人の声色がとても良かった。
一幕の終わり、なんだか泣けてしまいました。
2人の歌声がチェンバロとフルートみたいだなあと思って。
声を重ねても一つにはなれないのに、そのもどかしさが愛しい。




● ティボルト

渡辺さんのティボルトはつよい。
「う る さ いっ!」めっちゃいい……ときめいた……好き……


廣瀬さんのティボルトはもう「ティボルト」でいられない、つらい、無理、だからロミオを地獄送りにする、という感じでしたが、
渡辺さんのティボルトはまだ公私の分別がついているように見えました。
まだ公の仮面を被った「ティボルト」でいられてて、ちゃんと「本当の自分」との境目を認識できている。


で、だからこそ何が怖かったかって、
『今日こそその日』で
ジュリエットを奪われた→ロミオを地獄送りにする
キャピュレットの名誉を守る→ロミオを地獄送りにする
って、彼の中で公私の利害が完全一致してしまっていたところですね。
とにかくロミオを地獄送りにすればキャピュレットのティボルトとしても本当のティボルトとしても万々歳じゃね…?
みたいになってしまっていたところ。


ブレーキなし。迷いなし。
理性を保ったままの狂気。
むちゃくちゃ怖い。
渡辺さんのティボルトには強さ正しさゆえの危うさが表現されていると思いました。




● マーキューシオ

平間さんや大貫さん、アンサンブルの皆様を見ていると、やっぱり踊れるっていいなあ……と思います。
素直に単純にかっこいい。
「言葉に準じない動き」で雰囲気を作る、思いを滲ませる、時代を形作るって、神業じゃないですか……


そして平間さんのマーキューシオはとても自立しているなあと。
その方向がまっとうかは別として、
黒羽さんのマーキューシオのように、「繋ぎ止めておけば死なない」という感じがない。
どんなに止めても死ぬ時は死ぬだろうな、という印象でした。
そしてその影響で、ベンヴォーリオもマーキューシオを繋ぎ止めようとしているようには見えず、お互い自立した関係に。


マーキューシオ、ロミオがいきなり結婚してしまった上に翻意の説得にも応じないとわかって、「もう終わりだ」みたいなこと言って去っていくと思うんですけど。
その後の平間さんのマーキューシオは、ロミオがロミオ自身の名を(自分たちの「居場所」を象徴するモンタギューの名を)愚弄したように感じられることに対する怒りを、
ロミオ自身に向けられずにティボルトに転嫁しているという感じで。


このマーキューシオの戦いは彼とモンタギューの名誉回復のために必要なことであって、
それがわかるからベンヴォーリオもそれを否定しきれない。
止めてしまえばマーキューシオがマーキューシオでなくなってしまうというか。ちょっと尾崎豊さんっぽくなってますけど。マキュがマキュであるために戦っている。
マーキューシオにも、自由に生きる権利があるんですよね。ロミオが愛による解決を主張するのと同じように、マーキューシオは、マーキューシオのやり方でしか前を向けない。


ティボルトもマーキューシオも、本来はロミオに向けるはずの怒りをいったんお互いに向けていて、
2人とも本当はロミオに対して怒っている。(なんなら怒っている理由も割と似ている)
となればその当事者ロミオが間に割って入ってきた時、躊躇なくいけるほうが本懐を遂げてしまうのは当然で。
マーキューシオはロミオを刺せないよね……だからティボルトに刃物を向けてるんだもんね……


その「ロミオを刺せない」ことの根拠である愛情が、最期にロミオへとまっすぐ向けられるのも切ない。
結局ロミオのことは憎めないし、逆に心配するという……マーキューシオー!!!




● ベンヴォーリオ

一幕ではしゃいで古川ロミオに結構強めに突っ込まれていたのがかわいい。


古川ロミオと平間マーキューシオの間にいる木村ベンヴォーリオは、誰にも依存していないなあと。
そしてとても聡い。
これは木村さん自身の演技の変化というより、周りのキャストさんの違いによってそう見えるのだと思うのですが。


一番その差に感動したのが、ベンヴォーリオがロミオを庇うために言う「僕たちは犠牲者だ」のところ。
黒羽マーキューシオ・大野ロミオの時は、共感性感受性の高いベンヴォーリオが2人の代わりに「僕たちは(ロミオは、マーキューシオは)犠牲者だ」と必死に訴えているという印象でした。


今回は、悲しみに動転しつつ藁にもすがる思いで「僕たち(ヴェローナの子供たち)は犠牲者だ」という切り札を切った、という印象に変わって。
全部が全部本心ではない、
大人たちと刺し違えるためのとっさの機転。
憎しみの継承という言説、あなたたちなら身に覚えがあるでしょう、と。
彼は大人たちの使う「憎しみ」という言葉を覚えていた。


これが「全部が全部本心ではない」というところが重要で、
ティボルトは憎しみを大人たちに植えつけられたと本気で思っていたけど、
ベンヴォーリオやマーキューシオはそういうのそこまで興味なさそうだったんですよね。
自分たちは自分たちの意志で動いているんだって思ってた。
そこの感覚が、「違った、僕たちはやはり犠牲者だった」と完全に翻ったか、
「僕たちは犠牲者なんて弱きものではないけれど」と思い通している部分があるか、の差。
たぶん、マーキューシオの弱さに共鳴している(対、黒羽マキュ)ように見えるか、強さに共鳴している(対、平間マキュ)ように見えるかの違いによるものかなあと。



大公様に対してロミオを庇うように手を広げていたのが、子供っぽくて、兄を守る弟みたいでね……
ロミオにそうやって守られたことがあるんだろうな。




ところで当のベンヴォーリオはロミオがティボルトを刺すところを見ていないんですね!
マーキューシオを抱きしめて項垂れていて。
憔悴していたからというのもあるだろうけど、まさかロミオが復讐するとは思ってもみなかったんだろうなあと。
裏を返せば、ベンヴォーリオ自身に復讐という発想がなかったということにもなりそうですけれど。
彼は最初から最後まで憎しみにとらわれてはいない感じがしますね。



あと『どうやって伝えよう』、今回は冷静に聞けたんですけど、
最初のほうむちゃくちゃ優しいトーンで歌ってたんですね……めっちゃロミオのこと考えてるじゃん……「俺たちが」夢に見ていた世界じゃなくて「君が」夢に見ていた世界の話をしてるの、俺と君の方向性が若干ずれていたことを示唆しているしその上でむちゃくちゃロミオのこと尊重してるじゃん…………自分の痛みは後回しでロミオの痛みに思いをはせるベンヴォーリオつらい……
キャピュレット側はわりと自分のことを歌っている歌が多かったなあって、
相手のことばかり考えてるベンヴォーリオの歌を聴いてたら思いました。



でも、そんな優しいモンタギュー第1位(私の中で)のベンヴォーリオですけど、
狂気の沙汰のとこで思ったんですが
もし亡くなったのが他の仲間でも、ベンヴォーリオは喪が明けるまでちゃんと待ったんですかね?
これ、役者さんと演出によって全然違うと思うんですけど、
木村さんのベンヴォーリオだと、他ならぬマーキューシオだからこそそういう気持ちになったんじゃないのかな、と思えるんですよね。
みんな狂っていると言うけど、ベンヴォーリオだってマーキューシオを亡くすまではそっち側だったんじゃないか、という気がします。
ある意味しっぺ返しを受けているのかも。
彼も。




ヴェローナの大人たち

ロレンス神父がメールの件もそこそこに歌い出した時、
「ちょっと待って!!そこに正座して!!!」って言いたくなったのに、歌声を聴いていたらそんなことすぐ忘れてしまったので岸さんはすごい。
気が散っても本筋に呼び戻してくれる。


シルビアさんの乳母、一番感情移入してしまったかもしれません。
ジュリエットに幸せになって欲しかったんだよ〜〜本当に〜〜〜!!
心の底から大切なんだよ〜〜ジュリエットのことが〜!
ロミオなんかよりパリス伯爵の方がいいよ、って言うの、つらいし、でも半分は本当にそうである気もするし。
家族愛を押し付ける気はないけど、でも、ジュリエットなんで死んじゃったの……


パリス伯爵もっと見たかったです。
めっちゃいい人。
姜さんだからこその人の良さ、おとぼけ加減、チクチク感。
翌日結婚するつもりで来るかもと思うと心が痛いんだよな……


ヴェローナ大公、カズさんー!!!
ヴェローナで一番カッコいい。
大公様が階段を降りてくるのほんと好きで。
登場するだけで場が締まるのですよね。


モンタギュー夫妻とキャピュレット夫妻は、この悲劇の一番の加害者であり被害者なんですよね。
我が子の死を見るまで、ほとんど何もできなかった。
でもロミオってそこまで憎しみを植えつけられていなかった印象なんですけどどうだったんですかね…
モンタギュー夫妻についてはあまり多くは語られませんでしたが、登場するたびにつらくなりました。
ロミオはまっすぐ育っていたようなのになんでこんなことになってしまったんだろう。
ジュリエットパパの歌はどうしてもほだされてしまいます。
あんな風に歌われたら、パパのこと憎めなくなってしまう。



ヴェローナの子供たち

大人たちに罰がくだって、争いは終わったけれど。
親の世代が和解したからといって、子の世代で新たに生まれた確執は別になくならないじゃないですか。
ロミオとジュリエットの死よりもマーキューシオやティボルト、その他犠牲になった仲間(がいるかわからないけど)の死のほうがよほど悲しいという人たちがいるはずで、
彼らの傷は、ロミオとジュリエットの愛ゆえの死を知ったところでどうにもならないじゃないですか。
残った若者たちの中にその葛藤を抱えている人がいると思うんですけど、
そんな彼らと共にこれから歩んでいくのがベンヴォーリオの役目なのかなあと思いました。
彼も大切な人を敵方に奪われた当事者で、いま喪失の連鎖の末端にいる。
その彼が「許し合おう」と声を上げるのは、大人たちが言うのとは少し違う意味合いを持つ気がします。
争いを終わらせよう。
この喪失に耐えよう。
ここの木村さんの声が、思ったよりずっとよく通るのが私はとても好きです。


最後ロミオのおでこに自分のおでこを寄せるところ、お別れをしているようにも見えるし、「君が」夢に見ていた世界になるよって伝えているようにも見えました。
「俺が」夢に見ていたのはこんな世界じゃないけど、
「君が」夢に見ていた世界はきっとこんなんだろ、と。




そんな見方もあるかもねと水に流してください。





以上。