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言いたいけど言えないからここにうずめる

マンガ『ハイキュー!!』29巻の「どん ぴしゃり」について書く

8月3日に発売されたマンガ『ハイキュー!!』のコミックス33巻にて、春高二回戦、烏野高校 対 稲荷崎高校の試合が決着しました。


ハイキューの台詞や言葉選びにはいつも驚かされますが、今回特に熱いレトリックや仕掛けが満載で感動したので感想を書きます。


他にも語りたい項目が山ほどあるのですが、
本記事では、
稲荷崎戦序盤、コミックス29巻の第253話「追い打ち」にて、宮兄弟の速攻シーンに登場した 「どん ぴしゃり」に見られる仕掛け6つとそのすごさについて書きたいと思います。




あくまで「古舘先生がどのような意図で描かれたのかは全くわからないけど、私は読んでこのように感じた」という話です。
こういう解釈もあるかもねくらいに思っていただけたら幸いです。



以下、個人の感想です!!



● 1. 「変人速攻」の本歌取り

まずは言わずもがなですが、
「どん ぴしゃり」という表現は、日向影山の「変人速攻」で使用される言葉
「ドンピシャ!!!」
がもとになっていると思われます。
なにかの要素の一部を取り入れることで本家を連想させるという、いわばパロディ、和歌で言うところの本歌取りに近い手法です。


このシーンでは、本家でおなじみのキーワードを下敷きにした言葉を使うことで、双子速攻の「変人速攻の模倣であるがやや異なる部分もある」という点を説明無しで読者に感じさせるという効果を生んでいます。


で、これ何がすごいと思ったかって、
「双子速攻が行われた瞬間 リアルタイムで確実に 読者に『変人速攻』を想起させている」
という点なんです。


仮にこの言葉がなかった場合、読者が即座には「変人速攻みたいだ」と思いつかない可能性があります。
すると、双子速攻が終わった後の武田先生の「今のはまるで日向君と影山君の変人速攻…?」という台詞で初めて「ホンマや」と気づくことになってしまう。
つまり感情にタイムラグが発生してしまう、登場人物たちの驚きから一歩遅れてしまうんです。


ところが、この「どん ぴしゃり」、これがスパイクのコマに書き込まれているだけで、「うわ、出た、これ、変人のやつ、」マンガの中のみんなと同じタイミングでリアルタイムに驚くことができてしまうんですよ。
魔法か!!!!


臨場感をもたせるのに最高の手法が使われている……と思いました。



● 2. 「変人速攻的なもの」を予感させる序詞

前段の本歌取りの話と全く同じことが「どん ぴしゃり」の前にくる一連の流れにも言えます。
ここで全文を引用します。




A. 変人速攻(コミックス8巻より)

── 今
この位置、
このタイミング
この角度で !!


ドンピシャ !!!




B. 双子速攻(コミックス29巻より)

この位置
頃合い
この角度


どん ぴしゃり





ここで言いたいのは、本歌取りは「どん ぴしゃり」の前から始まっている、ということ。
そして、この一連の流れはちょっとした序詞的性質を帯びているということです。


「今 この位置、このタイミング この角度で!! 」→「ドンピシャ!!! 」って、
「HUGっと!」→「プリキュア」なみに脳内に刷り込まれてるじゃないですか。え?私だけ?
そうするともう、「この位置」という文字の並びが見えた瞬間、「あっ」と思うわけです。


さらに、脳裏をよぎったものが何かはっきり認識する前に「どん ぴしゃり」が来る。
予感、体験、実感ってその流れ、もうまったく双子速攻を目撃したマンガの中の彼らの認知プロセスそのものなんですよね。まるで疑似体験のよう。


しかも何より熱いのは、宮兄弟には「この位置」の前の「今」にあたる言葉がなくて、その代わりにそのタイミングでコマに描かれた影山が「!」となっている、
つまり双子速攻という初登場の技を(変人速攻の「今」にあたる時点で)「影山が誰より早く予感している」描写がなされていることですね。
一度披露されれば次からはみんなすぐ「もしやまた!?」となると思うんですけど、一発目、「まさかの予感」のその前から反応してる影山すごくない!!??!!?



● 3. 「こここ」の頭韻

「変人速攻」と「双子速攻」の全文を見比べた時、明らかに異なる箇所が一つあります。それが「頃合い」
なぜ「このタイミング」という言葉から変える必要があったか、というのは置いておくとして、ここで注目したいのは変えた後に「頃合い」という言葉が選ばれた、という点です。


本家は「この位置」「このタイミング」「この角度で」と、「この」を反復することで強調やリズム感がもたらされていましたが、「双子速攻」ではその大事な「この」が取り払われてしまいました。


そこで「おや?」と調子を崩されたような違和感を生じさせつつお目見えするのが「頃合い」。
見た目はまったく異なりますが、
実は「ころあい」と「このたい(みんぐ)」はざっくりいうと母音的にほぼ同じなんですよね(ooai)。


かつ、
「こ」という頭文字も生きているので、「このいち」「ころあい」「このかくど」という頭韻が姿をあらわすという寸法です。



● 4. ここらでまさかの四四五

上記の頭韻に輪をかけてリズム感を良くしているのが四・四・五音の語句の並びです。
この位置
頃合い
この角度。
生麦
生米
生卵。
逃げるは
恥だが
役に立つ。
ツッキー
突き指!?
大丈夫!?
じぶんの くちから 言いたいね、そんな気分にさせるリズムです。
ちなみにこの253話の次、第254話のサブタイトル「変人・妖怪・魑魅魍魎」も四四五ですね。


この四四五のリズム、他の例を見ても軽やかで楽しげな印象を与えると言っていいように思います。
……が、この双子速攻、なぜかこれに関しては、このトントン拍子感が逆に少し不気味に感じるのですよね。
なぜでしょう?



● 5. 「韻文」という可能性

あらためて変人速攻と双子速攻の序詞を並べてみます。


「── 今 この位置、このタイミング この角度で !!」
「この位置 頃合い この角度」


2つを比較すると、後者には前者の持つダッシュ「─」や読点「、」感嘆符「!!」がありません。
つまり、双子速攻には発話者の息遣いが示されていないのです。



まるで韻文のようにリズミカルな言葉と、隠された(あるいは最初から無い)感情と。
双子速攻に入った時の空気が変わったようなあの感じ、
そこにあるのは、お面をつけて鞠つきをしているような不気味な静けさ、あるいは「無心さ」です。



ちなみに、句読点とかつけると
「この位置、頃合い! この角度!!」
って標語みたいなノリになります。横断歩道を渡ろうねみたいな。四四五すごい。



● 6. 擬似オノマトペの出現

この不気味さに導かれ、満を持して登場するのが、ダメ押しとも言いたくなるような「五音」の言葉「どん ぴしゃり」です。


「どん ぴしゃり」。


この間の空白がまたこわいんですよね。
ここが空くだけで、悠然が広がる。


さらに注目すべきは、最後の「り」です。
なぜならこの一文字があるかないかで言葉の印象が少しだけ変わるから。
結論から言ってしまうと、「どん ぴしゃ」にくらべて、「どん ぴしゃり」は、「すでに終わっている」のです。


これと近い響きを持つオノマトペ、「パシャ」「パシャリ」という言葉を例にとって見てみます。
これが「水たまりに足を下ろす音」だとして、


「パシャ」は足が水についたまさに今その瞬間をとらえている感じがするんですけど、


「パシャリ」は足を下ろし終わった瞬間のような感じがするんですよね。


絵に描くとしたら前者は足の周りに水しぶきが上がってるけど、後者は足の周りに波紋が広がってるみたいな。


他にも、「ガタッ」は机を動かした瞬間、「ガタリ」は机を動かし終わった瞬間、とか。「ムシャ」「ムシャリ」、「カチッ」「カチリ」、「パサッ」「パサリ」などなど。
そんな感じでオノマトペの「リ」は、完了の響きを持っている、と、個人的に、思っています。



一方で、「どんぴしゃり」自体は別にオノマトペではないんですが、
もーここがすごいんですけどこれに空白が入って
「どん ぴしゃり」
となることで、あたかも2つのオノマトペの連続体のようになっているのですよね…!
「どん」と「ぴしゃり」。
だからオノマトペと同じように「り」が完了の響きを持って迫ってくるのではないかと思います。



● 6-2. プレ・擬似オノマトペの出現

ここで「どん ぴしゃり」の比較対象として言及したいのがコレ、
27巻 第234話「アジャスト」、春高一回戦 vs椿原学園でようやく決まった変人速攻の
「ドン」(ページめくる)「ピシャ」
です。


双子速攻はどんぴしゃりの間に挿し込まれた「空白」による区切りでしたが、こちらは「改ページ」しかも「めくり」の発生する完璧な断絶です。
「ここぞ」というタイミングなわけではないので「この位置……」のくだりはなく、代わりに「ドン」を先に見せることで速攻の再来を予感させています。
次ページに孤立した「ピシャ」の電光石火たるや……。


直線的なカタカナ、語尾「シャ」の現在進行形感、その音感を視覚的に引き立てるゴシック体。
明朝体の「どん ぴしゃり」を見た後だと余計に角ばって見えます。とても鋭い。



ここの「ドン」「ピシャ」は普段の「ドンピシャ!!!」とは異なり、かなりオノマトペ寄りの使い方のように思います。
そしてその「ピシャ」、これが響きだけで日向のスパイクの軌道まで含むような音感すらあって、
双子速攻の「ぴしゃり」のすでに完了したような音感とはかなり対照的だなあと思うんです。




「ドンピシャ」で表現される変人速攻と、
「どん ぴしゃり」で表現された双子速攻。
両者はどこが同じで、なにが違ったんでしょうか。
「り」が完了だというなら(私が一人で言ってるだけだけど)、双子速攻のその瞬間に「終わっていた」ものってなんなんでしょう。
そしてあえて問うなら、及川さんと岩ちゃんの超ロングセットアップは、なぜ変人速攻と同じ「ドンピシャ」だったのでしょう。
わーー!!!いっぱい考えたいことあるー!!!!




● 真相は闇の中

以上が私が気づいてかつ言葉にできた仕掛けなんですが、単純に、たった18音にこれだけ工夫をこらせるってすごいなあと感動したんです。


初期変人速攻の「ドンピシャ!!!」に比べて、「どん ぴしゃり」はとても静か。
それは言葉だけでなく、絵も同様です。
そもそもこれがモノローグかどうかもあやしくて、仮にモノローグだとしても声が宮侑くんかどうかはあやしい。
不確定要素が多く残された音の遊びだと思います。
ただ、原点に戻れば同じ印象を残すシーンは確かにあって、25巻 第219話ユース合宿での「どうぞ」という言葉がそえられた宮侑くんのトス、この言葉がきっと彼のセッターとしての本質を表していて、それゆえに双子速攻もああいう空気感になるのかもしれないですね。




このように(?)、稲荷崎戦をはじめとする春高バレー編は、全体的にうっすらと叙事詩のような趣きがあって、様々なレトリックが多用されています。
現在本誌で進行中の試合も熱い。
何かの縁で結びつく言葉が周到に張り巡らされていて、解釈の余地が無限にある。
読んでいてとても面白いんです。



● 終わりに高校のモチーフあるいは比喩について

稲荷崎高校のモチーフは「稲荷」というだけあって狐なんですけれど、ハイキューの高校で婉曲的にモチーフが入ってるってわりとめずらしいのでは、と思っています。
「ねこま」とか「のへび」とか、結構音感からの直球が多いですよね。
「稲荷崎」は、言葉からひとつ隣に連想できないと「狐」にたどり着けない。でもそれがわかると「稲荷」「狐」だから「双子」か……!!!!!!っていう感動があって。稲荷神社にいるあの一対の狐ですね。
カラスといえば八咫烏、とすれば今回の試合は神の使いつながりともいえる同類的組み合わせであり、もしくはカラスを俗と見立てれば対照的な組み合わせでもあり。どちらにせよ烏ってどことやっても因縁の対決ぽくなってすごい。
高校のモチーフはプレースタイルや試合展開に結びついていることも多いと思うので、最初、稲荷崎は「ずるがしこい」とかかな〜と思いましたが、「狐」に託されていたのはどうやらそういうものではなさそうで。



化ける、化かされる。
感化される、変化する。
狐をモチーフとした彼らがなぜ強く、なぜ最強の挑戦者であり続けているのか、そして彼らが一体どのように戦い、何を拠りどころにしてきたのか。
それが見えてきた時、どうして宮兄弟の双子速攻が「どん ぴしゃり」という「音」で表現されたのか、あらためて感じ入るところがある、かもしれません。
詳しくは!!!コミックス32〜3巻あたりで!!!!