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王様の耳はロバの耳

言いたいけど言えないからここにうずめる

アニメ「ハイキュー‼︎」伊達工戦の音楽について書く

本日、ついにハイパープロジェクション演劇「ハイキュー‼︎」“烏野、復活!”の全キャストが発表されました。


ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」"烏野、復活!" 公式ホームページ / キャストや公演チケット情報など



一回だけでも、生で見たい。


でもこればっかりは祈る以外にできることなかったんでとりあえず舞台の予習ということでアニメ版「ハイキュー‼︎」の音駒戦と伊達工戦を見返してみたんですけど、やばい。何がやばいって音楽がやばい。知ってたけどあらためてのやばい。そういえば最近の若いかたって「やばい」とかいう言葉使わないですよね。歳がばれないように、感じたことを他の言葉に言い換えると……「





今日はアニメ「ハイキュー‼︎」第17話「鉄壁」の音楽について、他に言葉思いつかなかったんで素直に何がどう「やばい」と感じたのかを書きます。
なお、音楽は林ゆうきさん・橘麻美さんです。




注意:重要なネタバレがありますので、アニメ未見の方はご遠慮ください。また、かなり自信満々に言い切り口調で書いていますが、実のところ筆者は色んな意味で聞き分けができてません。従って、楽器名等の後ろには「的な…何か……」が常に省略されていると思っていただければ幸いです。ホルンか…トロンボーンか…ユーフォニアム………。



後半の引っかかり

最初、17話の冒頭から滔々と書いてたんですけど長くなったので割愛して本命のところだけ書きます。てか本当は18話まで書きたかった。




さて、その17話の後半。


ひとつだけ違和感を覚えたところがありました。
日向の速攻がとめられた後、伊達工に流れを持っていかれそうになり、山口とスガさんが「落ち着いて切っていこう」「一本!」と叫ぶところです。



この違和感の正体はなんだろう?



巻き戻してみて、その答えがわかりました。
ドラムの低音です。


それまで弦楽器中心だった音色に、トントントン…とまるで誰かの心音のように加わるリズム音
なんでこの音がこんなところで入ってくるんだろう。


このリズム音、例えばですけど、これで雌雄を決する!ってなクライマックス感を出したい時とか、あとは「俺は……俺は自分の腕が折れてでもアイツのサーブを全て受け止めてみせるッッッ!!!」っていう台詞のあとに始まったらおそらく違和感ないんです。ハイキューにそんな台詞ないんですけど。
なんとなく誰かの決意を受けている感じがするんですね。でも、この曲が入ってくるのは先程も言った通り山口やスガさんがコート内に声をかけているタイミングで、彼らは特に何かを決心したりはしていません。また、直前の台詞は伊達工の「もう一本止めるぞ!!」「オ゛オ゛ッ」ですが、これは彼らがずっと抱えている思いの延長で、心境が大きく変化したわけでもないので、このタイミングでわざわざ音楽を変える必要性は見当たりません。ましてや、試合の決着にはまだまだ程遠い。



では、単なる気まぐれでしょうか?
いいえ、違います。


前にないのであれば、後ろです。
このリズム音は誰かの決意と運命を予言している。



それまでストーリーの展開に忠実だった音楽が、明らかに「先走って」いるんです。



ストーリーと並走していた前半

ここで前半の音楽を見てみましょう。


かっこいいノヤっさんによって変えられたチームの空気、試合の立ち上がりの勢い、気持ちよく点が取れず停滞・沈滞していくムードなど、前半の音楽は常に、ストーリーの引き立て役として忠実にその場その場にあった雰囲気作りをしています。視覚的情報と聴覚的情報が合致しているので、そこに違和感はありません。


ただここでひとつ面白いなと思うのは、最後に挙げた「停滞・沈滞していくムード」の音楽、確かにストーリーの展開には合っているんですが、実は烏野側の気持ちとは異なっているんですよね。烏野チームはまだ変人速攻を残しているので、停滞どころかほとんど焦っていない、むしろ「次は絶対に決まる」と思っている。つまり、この音楽は烏野の心象を表した音楽ではなく伊達工や観客から見た烏野のイメージを表した音楽なんです。聴覚的情報によって烏野が追い詰められているかのように感じられる、一種の「ミスリードみたいなことが行われていて、これによって話のテンションに緩急がつけられている。ここで伊達工目線になって場の雰囲気を落としているからこそ、1発目の変人速攻を決めた時のハイテンポなピアノが引き立つし、2発目の変人速攻が決まった時の伊達工監督(CV.三木眞一郎)の台詞「マグレじゃ…ないのか」が効いてくるんですよ。めっちゃカッコよくないですか。「マグレじゃ…ないのか」



そんなマグレじゃない「印象操作」こそ行われているものの、基本的に前半の音楽は映像にそぐわない情報は呈していません。だからこそ先述のリズム音への違和感がより大きく感じられるんです。



「やばい」、ひとつめ。

それでは後半、急に音楽が先走ったことで何が起きているか。


この唐突な変化と違和感に伴うのは何らかの「予感」です。状況が大きく変わったわけではないのに、何かが始まったと明示されたわけではないのに、音楽によって送り込まれた新たな空気。これから誰かの身に何かが起きると、音楽が先回りして暗示しています。見ている私たちにはそれがなんなのか考えている余裕はないけれど、耳からの情報、それもたったひとつのリズム音によって異変の気配を無意識に察知している。なんだかよくわからないけれど、この先に来るであろうなんらかの瞬間を期待して、私たちは画面から目が離せなくなる


この先に何が起きるんだろう?
知りたい。


アニメを見続けるための根源的な欲求が、シンプルなリズム音によって煽られていくような感覚。






数分後、その予感は「エースの前の道」に繋がっていたことがわかります。烏野の10番をとめなければ。その意識に飲み込まれていく伊達工と、繰り返されるその描写に「烏野側の思惑はわかっていたのに」一緒にのめり込んでいく視聴者。延々と耳に入ってくる弦楽器中心の音色と、それをこっそりと追い立てるようなリズム音。「何が起こるんだろう」と気持ちが逸っていた私たちの感覚と、日向に目が眩んでいた伊達工チームの感覚はたぶんちょっとだけ似ています。


やがて日向が踏み切って、跳躍し、そして
「打たない」──ここで日向の後ろから現れた旭さんと共に弦楽器の陰から入ってくる、金管楽器の音!!これなんです!!私がやばいと思ったのは!!


機をうかがっていた旭さんさながら、満を持しての登場です。ストリングスだけじゃない、ブラスだっているんだ。この力強い音色ときたら、まるで旭さんの思いを代弁するために登場したようです。ここで旭さんの姿を驚きをもって迎えるために、(烏野10番にとらわれていた伊達工のように)私たちも何かにとらわれる必要があった。だからこそストーリーの展開よりも早く、音楽が情報を前出ししたんです。解禁前の飢餓感を煽るように。早く、早くキャスト教えて!もうそろそろ発表されてもいい頃でしょみたいなアレです!!!


光り輝く金管の音色によって覚まされた私たちの目。ここでハッピーエンドと思いきや、音楽は終わらない。実はここが!!もうひとつのやばいところなんです!!



「やばい」、ふたつめとその続き。

パイプの回想に入っても残響のような音楽が続いていて、そしてカタルシスの余韻の中で私たちは思い出すんです。
これがスガさんの願いの結実であったことを……!!!!
願いはすでに託されていた。その言葉は、仲間の遂行により予言となった。
ただ単に旭さんの目の前に道が広がっただけではないんです。スガさんにもまた、これを願う彼の物語があった。このことを曲を変えずに、同じ音楽の中で語ってくれてるんですよ……!!!!


あああ、尊い……烏野3年尊い……







……と半眼になっていた私は、しかして耳から入ってくる情報によって気づきます。



まだ、音楽が終わっていない ことに。




え?なに?まだやんの?の、その先に。









── “ぞくぞくした”





その先に繋がっていたのは、日向の最強の囮としての「覚醒」です。



旭さんの、スガさんの、大地さんの、潔子さんの。


烏野3年生の思いや物語は彼らだけで完結するものではなく、後輩たちの新たな物語に繋がっていく。


並行し、時に絡み合う一人一人の物語と、それによって織り成されていくチームの物語。



それをこの音楽はひとつの曲の中で、複数の楽器を使って表現しているんです。



日向の目覚めを高らかに告げる、トランペットの音色。同じ金管でも、旭さんが現れた時の安定したホルンよりも高く、細く、鋭い音です。まるで未完成な日向の伸びしろを示すように。
この2つの音色に絡むような旋律を奏でている他の楽器たちにも、例えばホルンとストリングス、トランペットとギター、それぞれの音の距離の取り方に意味があるように思えてきたりして。



さて。
リズム音が事前にほのめかしていたのは、旭さん、スガさんと日向の運命でした。では、受けていたのは誰のどんな決意だったのでしょう。もう一度巻き戻して見てみると、その答えがわかります。
声をかけている山口とスガさんの次に映っていた、ある一人のセッターの顔。何を思っているかは示されていないけれど、そういえばひとつ心当たりがありました。






“エースの前の道を、切り開く”。






それは「今」、「この試合」でなければ。
日向と共に願いを託されたもう一人の主人公。
機をうかがっていたのは、旭さんだけではありませんでした。
……まさに出来すぎた展開、というかあくまでひとつの解釈に過ぎませんが(この時点でパイプができるとわかっていたわけではないし)、それでも二重三重の物語に寄り添いなぞるようなこの音楽の全貌にここまできてはじめて気づかされて、本当に「やばい」と、やばいやばいやばいと思ったんですよね…………


翻って、舞台版。

実は私、以前のエントリーで舞台版の音楽も「やばい」と書いています。アニメ版のやばさと舞台版のやばさは全然違うんすけど語彙力ないんで仕方ないんす。

ハイステ新公演の伊達工戦、いったいどんな音楽がつくんだろう……今から期待で胸がいっぱいです。





あ、そうそう。最後に。
さっき取り上げたアニメ版のほうの曲は、サントラではこんなタイトルがつけられています。



「チームの地力」



一枚岩ではない、一人ではない。

ギリギリのところで、チームだからこそできること、語れること。

繋ぐということ。


この曲にぴったりなタイトルだなぁと思います。
伊達工戦の音楽に感じたこと、「やばい」を私が自分の言葉で言い換えることができたなら、きっとこのタイトルみたいな言葉だったんだろうな。