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映画『ヒメアノ〜ル』感想メモ

吉田恵輔監督、森田剛さん主演の映画『ヒメアノ〜ル』の感想メモ。ネタバレあり。原作未読です。

森田剛は天才だった。

ただただ、それにつきますね…。舞台上の彼やアイドルとしての彼を知る人々は「知ってたよ」って言うんだろうけど、私はちょっと自身の認識が甘かったなと思った。狂気とか孤独とか悪意とか欠如とか空虚とか慈愛とか、そういったものを台詞に頼ることなく体現できる俳優であることは知っていたのです。でも今回の森田という役を演じていた彼は、そういう感情とか人間性とかの内面的なものにとどまらず、もっと外見的な、社会的な何かを放っていたように感じました。
言うなれば“地元臭”。“地元の知り合いにあんなヤツいるわ”感。(犯罪に手を染めている点は除きます)


いや、いないんです。よくよく考えたら私の知り合いの中にはいないんですけど、なんかいるような気がするんですよ。地元にそのままいるのか、東京にいるのかわからないけど。
濱田岳さん演じる岡田やムロツヨシさん演じる安藤はまだなんか「いるいる、こんな人w」くらいでこっちにも笑ってる余裕があるんですけど、森田は存在感が身近すぎて息苦しい。あんな拭っても拭いきれない生々しい地元臭は、アイドルが放っていいレベルのものではない。それ出しちゃう?見せちゃう?っていう。今回「ジャニーズがここまでやった」っていうのは森田の行動もそうなんだけどこのオーラも大きいと思いました。





あと私はラストのシチュエーションがものすごく刺さったんですけど、それによって「ひょっとして日本のふるさとが消えかかってる!?」と気づかされましたよね。もはや映画のテーマと全然関係ないけど。
夏、コンクリート、チャリ、麦茶、カーチャン。
私にとっての原風景は「うさぎ追いしかの山」ではなくてコレなんだなって。ふるさとというより地元の風景。多くの20〜40代にとってもきっとそうで、だからこそあのシーンで一種のカタルシスが感じられるのだと思うのです。
このシーンが来て初めて森田の地元臭の意義が理解できました。


もともと土属性というか土着的な雰囲気を持つ役者さんだとは思っていましたが、彼はそれを吉田監督の“優しさ”に呼応してもっと軽薄でセンチメンタルな呪縛に変えて身に纏って見せた。そのせいで、森田の存在が遠くの怪物ではなくて身近な隣人になってしまった。タイトルクレジットの音楽のクラップ音がまたその距離感の生あたたかさを引き立てていて良かったです。
(その前に演劇ハイキューのサントラ聴いてたから余計引っかかりました。クラップ音は体温を想起させるけど、こんな逆説的な使い方もあるんだ。。と)
そんでラスト前に八重歯見せて笑うんだもん。あれは、ずるい。遣る瀬無い。

地続きのリアリティ、恐怖、嫌悪、そして笑顔。まさに映像における森田剛の正しい使い方でしたよね。。
今後映像だとこれの二番煎じみたいな作品ばっかりになったりするかもと思うのですが、森田さんきっと作品選びの能力もあるから大丈夫なんだろな。



森田さんは善良な市民の役もできるんですよ…NHK版ラブコン的な「君を見上げて」とかおすすめです。
宮沢賢治作品とか合うと思うんだよな…虔十公園林とか…