王様の耳はロバの耳

言いたいけど言えないからここにうずめる

アニメ『ハイキュー‼︎』青葉城西戦の音楽について書く


※このブログは一個人の見解です。




他のエントリーでも書いたのですが、今『ユーリ!!! on ICE』という男子フィギュアスケートアニメにハマっています。
で、ディーン・フジオカさんの歌うOP『History Maker』が頭の中ぐるぐる鳴ってて離れないんです。



これ。
youtu.be




個人的にこの曲の何に一番感銘を受けたかって、三拍子っぽいところなんですよね。ワルツ的な。(実際にはたぶん三拍子じゃなくて8分の6拍子かなと思いますが)優雅さもありつつ、3人の運命みたいなものを感じさせるんです。



それで改めて思ったのが、ワルツの醸し出す数奇な運命感は異常ということです。
なんなんですかね?
巡り巡るみたいな、運命に弄ばれているみたいな、輪廻から抜け出せないみたいな、宿命と対峙せざるを得ないみたいな、彼らが巡り会ってしまったことみたいな、歴史は繰り返すみたいな。
この感覚って勝手に人類共通のものだと思ってたんですけど(日本に住む人が桜見ると感じる気持ちみたいな)、なんか知り合いに言ったら「は?」「この表紙の及川さんカッコよくない?」って言われたので、私のワルツ論は机上の及川さんに勝てない。



そんなわけで、私のワルツイメージから入って最終的にアニメ『ハイキュー!!青葉城西戦の音楽について書きます。話題がとっ散らかってますが一応繋がっているつもりなので上から読んでいただけると幸いです。


伊達工戦の音楽についてはこちら。
osmnmmhrb.hatenablog.jp




● 私の中の「ワルツ」①

はじめに、私の中でワルツといえばこれです。
映画『ハウルの動く城』メインテーマ、『人生のメリーゴーランド』
まじあの曲やばくないすか。
聴いているだけで胸が張り裂けそうになります。あっ、なんか初めてこのブログでそれっぽい感想書けたかも。
映画自体はそこまで好みではなかったのですが、劇中でこの曲が流れるだけで込み上げてくるものがありました。すみませんこれは単純に趣味や好みの話ですが、この音楽がこの映画を名作の域に連れていっているのではないかとすら思っています。まるで空中のソフィーをエスコートして歩くハウルのように。
ナウシカ久石譲宮崎駿に抜擢された」ことが果たして偶然が重なった奇跡だったのか予め決まっていた運命だったのか、そこのところ考えちゃうんですよね……
そしてタイトルが本当に秀逸。人生のメリーゴーランド。
もう一度書きますけどなんなんですかね?
巡り巡るみたいな、運命に弄ばれているみたいな、輪廻から抜け出せないみたいな、宿命と対峙せざるを得ないみたいな、彼らが巡り会ってしまったことみたいな、歴史は繰り返すみたいな。
ワルツの醸し出す数奇な運命感は異常
これこのエントリーのサビです。


● 私の中の「ワルツ」②

私の中でもう一つワルツといえば、あれです。
ハチャトゥリアン組曲『仮面舞踏会』より、ワルツ。
2008-2009シーズン(フリースケーティング)、2009-2010シーズン(ショートプログラム)で浅田真央選手が使用したあの曲です。私はフリーのほうのプログラムが大好きなんですけど、特に3分過ぎたあたりから始まる45秒間のステップが鳥肌もので。素人なので何やってるかは全くわからないのですが、最初は運命に翻弄されるヒロインのようだと思って見ていました。
でもその完成度に磨きがかかっていくにつれ、そうじゃない、逆だ、と。彼女は運命に流されているのではなく、その濁流に飲み込まれまいと必死で抗っているのかもしれないと思うようになりました。
その運命とはもちろんヒロインが毒殺されるという悲しい結末のことでもあるんですが、そこに浅田選手自身の天才ゆえの苦悩とか女神に愛されているかとかみたいなメンタル的なものと、3分という時間帯ゆえの疲労や体調や重力みたいなフィジカル的なものが勝手に重なって見えて、ああ彼女は常に何かと戦っているんだなと思うともう手に力が入って仕方ないんですよね。ぐっとこう握っちゃいますね。手に汗を。
ここ、もしサーキュラーステップだったら多分もっと印象が違ってて、それこそ巡り巡る数奇な運命に飲み込まれていくヒロイン像になった気がしますが、リンク上をもがき切り裂いていくようなストレートラインステップだったからこその、運命に立ち向かう姿勢なんだと思うんですよ……。
巡り巡るみたいな、運命に弄ばれているみたいな、輪廻から抜け出せないみたいな、宿命と対峙せざるを得ないみたいな、彼らが巡り会ってしまったことみたいな、歴史は繰り返すみたいな。
このワルツの醸し出す数奇な運命感を、この人は断ち切ろうと今も戦っているんじゃないかと思って、浅田選手が出場しているとどうしても応援してしまいます。


青葉城西戦で流れる音楽

さて、ここからが本題で、アニメ『ハイキュー!!青葉城西戦の音楽について。それとこれとを同列で語るなと言われそうですが、私自身の中では自然な流れのつもりなのでご容赦ください。また、ハイキューセカンドシーズンまでの重要なネタバレがありますので、未見の方はご遠慮ください




烏野vs青葉城西の試合は今のところ練習試合、インハイ予選、春高予選と3回行われていますが、今回は主に後ろ2つについて取り上げます。



● 予言の自己実現という運命



── 飛雄
急速に進化するお前に
俺はいつか負けるのかもしれないね




ハイキュー!!』8巻より、及川さんのモノローグです。

私はハイキューって投擲というか未来に向かってキャストするような言葉が多いと思っていて、キャラが何か言ってそれがのちのちの展開で実現するという、種を蒔いて育てて収穫するやり方が丁寧だよなぁと毎回感心しております。
わかりやすいのは山口の「1年俺だけハズレた…」という台詞がやや反語的ニュアンスを含ませる形で明記されてから覚醒するまでの流れで、いやこれは漫画なのでメタ的にいえば古舘先生による伏線とか布石とかエピソードの丁寧な積み重ねではあるんですが、なんかこう、最初の種がモノローグやスローガンに近い言葉で登場することが多いせいか、なんとなく予言めいたものに思えてしまうんですよね。なので勝手に「予言の自己実現」と呼んでるんですけど。(言葉の見た目がそれっぽいと思ってるだけで実際の意味合いとは異なります。)
山口の例でいうと、8巻の嶋田さんの「でも初めて試合でサービスエースを決めた時思ったよ」のくだりとか、予言っぽい。「ああ、これをいずれ山口も経験するのかもしれない」と事前に想像させておいてくれるんです。
この予言がなければあの運命はなかったなっていう、物語捻じ曲げるくらいの強い自己実現力を感じたのは、やっぱり木兎さんのツッキーへの予言ですね。





そしてその中で、最低最悪の予言、と個人的に思っているのが先程のモノローグです。
これはもはや「呪い」。


この試合で勝つのだから、こんなことを言わせる必要はなかった。そんな悪い予感を口に出す理由はなかった。メタ的にいえば、こんなところで今後の展開をほぼネタバレするような謂れはなかった。
「それは今日じゃない」という本題があったとしても、この前置きは念が強すぎる。
それでもここでこの台詞を及川さんが言ったというのは、これこそがこの時点での及川さんの本質だったからではないかと思っています。
天才に負ける。
それが及川徹というキャラの本質。


しかもこの予言、アニメだと及川さん自身が明示的にキャッチしてるんですよね。
春高予選準決勝で影山がツーアタックを決めた時、這い蹲って漏らした台詞「知ってるよ」
俺が天才に負ける運命であることなんて、知っている。
この台詞コミックスにはなくて、アニメオリジナルなのかな?すごい言葉追加してきたなぁと思いました。


● 決着にまつわる音楽について①

さて、この呪いの言葉が発せられたシーンは、アニメだと1期 第24話『脱・孤独の王様』の後半部分にあたります。インハイ予選第3セット、青葉城西のマッチポイントでいよいよ決着かという場面です。
このシーンでかかっているのが、その通り『決着』という表題の曲、アニメ『ハイキュー!!メインテーマの三拍子アレンジです。
いや実際にはたぶん三拍子じゃなくて8分の6拍子だと思うんですけど、私の耳にはわりとワルツっぽいリズムにも聴こえるので印象は近いよね!!!!!私の耳はふしあななんで!!!
だから上にも書いた通り、私はCM明けにこの曲が流れてきてもう、巡り巡るみたいな、運命に弄ばれているみたいな、輪廻から抜け出せないみたいな、宿命と対峙せざるを得ないみたいな、彼らが巡り会ってしまったことみたいな、歴史は繰り返すみたいな、そんなことを感じてしまったわけなんです。
翻弄感が強いからこのシーン見るたびにどっちが勝ってもおかしくないんじゃない?今回こそはもしかして烏野が勝つんじゃない??と思っちゃうんですけど、運命とは残酷なもので、最後はこの曲ぶった切られて日向の速攻もドシャットくらうんですけどね……。毎回毎回。


メインテーマがモチーフってところがまた大詰め感あって、見終わった後「ふー」ってなります。毎回毎回。


で、これを最近音楽に注目して改めて見返して思ったのが、「ひょっとして、春高予選の決着シーンでも同じ音楽が使われているのではないか?」ということ。
あの試合こそ、どっちが勝ってもおかしくなかった。運命に翻弄される、歴史は繰り返す、その状況に相応しい音楽なのでは?




結論から言うと全然違ったんですけど。




● 決着にまつわる音楽について②

春高予選の青葉城西戦はセカンドシーズン第20話から第24話までをかけて描かれています。こっちはこっちで音楽めっちゃ熱くて、歴代おなじみBGMのいけいけどんどんアレンジバージョンもいくつかあるのでもはやボス戦BGM集の様相を呈しています。
第24話『極限スイッチ』の決着シーンは、伊達工戦音楽のエントリーでもご紹介した『チームの地力』のアレンジバージョン、『真っ向勝負』でした(多分)。ドラムアレンジ激アツすぎるでしょ……



じゃああのワルツは!?『決着』は!?…というと、実は別の場面で使われてまして。「うっはーここかよ!!!言われてみればここしかないよね!!!!」って思ったんですけど。
第22話『元・根性無しの戦い』、第2セットを青葉城西にとられたあとです。
「こいつらとはフルで戦る宿命」という、互いに運命の渦中にあることを自覚した台詞を、メインテーマのアレンジであるこの音楽にのせて言わせちゃうんですよ……!!!しかも大地さんと及川さんのWキャプテンのモノローグが『君の名は。』のCMばりに交錯するの最高だし、え、やだ、アニメハイキュー!!めっちゃ面白くない???


そして追い討ちをかけるように、実はもう一箇所この曲が登場するシーンがあるのです。こっちで流れたのは個人的にかなり意外でした。それが、先程少し触れた及川さんの「知ってるよ」、の、あとです。

“自分の力はこんなものではない”と信じて
只管まっすぐに道を進んで行く事は
“自分は天才とは違うから”と嘆き
諦める事より
辛く苦しい道で
あるかもしれないけれど


及川さんが謎の指導者から言われたこの言葉。
ここで『決着』が流れていることに気づいた時、私はようやく矢巾さんの「及川さん最近変わったよな…?」の意味が理解できたんです。そして「知ってるよ」、の本当の意味も。




俺が天才に負ける運命であることなんて、知っている。
「けど俺は、負けない。」


及川徹は天才には負けない。



前回の台詞と似ているようで違うのが、「でもそれは今日じゃない」とかの時期を先延ばしするような言葉を繋ぐのではなく、明確に「負けない」と言い切っているところです。
つまり、キャラの本質が変化していることを表す台詞だったんですよね…!!


彼は運命に抗い始めたのです。
これまで以上にがむしゃらに、なりふり構わず。




これもまたアニメのオリジナル描写なんですが、及川さんから岩ちゃんへの超ロングセットアップのシーンで、トスを放ってパイプ椅子に突っ込んだ及川さんが再び駆け出そうとした時に「一瞬足元が滑る」という動きが追加されています。このスマートさのかけらもない、スガさんの言葉を借りれば「クソみっともない」無我夢中さ。なんてかっこいいんでしょう。




前回の試合でもし青葉城西が負けていたら、及川さんはそこで終わってしまいそうなイメージがありました。にっくき天才ウシワカとトビオちゃんに負けて、おわり。
でも今回は違う。青葉城西がこの試合に勝っても、たとえ負けても、それで終わりではない。及川さんにはもうすでに新たな予言がなされていたんです。そして彼は変わった、だからこその彼の中の『決着』。
彼は自分でかけた呪いを突き破って、また新たな呪いをかけていた。
「才能は開花させるもの」、「センスは磨くもの」。
いつかチャンスを掴むその日まで、及川徹は天才には負けない。
たとえ試合に負けたとしても。


及川さんは自分自身で運命の連鎖を断ち切って、決着をつけていたんですよね。その結果、今回の試合の決着でワルツは流れなかった。試合はどっちが勝ってもおかしくなかったけれど、及川さんはすでに数奇な運命には翻弄されない、次の境地へ行っていたから。
だから運命にとらわれっぱなしの私のワルツ論は、机上の及川さんに勝てないんです。


● 「戦いは終わらない」

及川さんが呪いから解放されるきっかけとなった指導者の言葉は、漫画『ちはやふる』の原田先生が太一君に言った言葉、「“青春ぜんぶ懸けたって強くなれない”? まつげくん 懸けてから言いなさい」と似た類の発破ではないかと思うんですが、私ほんと及川さんと太一君に言いたくなるんですよね「君は天才ではないのかもしれないが!!君たちのような努力を!!!凡人は続けることができない!!!!」って。たびたび三次元から二次元に大声で叫んでますね。リアルに声出すとあれなんで心が叫びたがってますね。


春高予選の試合や前後の描写からは、及川さんがこれからも「どこか」でバレーボールを続けて行くであろうことが窺えます。
及川さん自身もウシワカに「俺のバレーは何ひとつ終わっていない」と宣言していますが、この予言でもあり辛く苦しい呪いをコミックス17巻番外編で二重に掛け直しているのが、他でもない、「阿吽の呼吸」の岩ちゃんです。
ワルツ論は及川さんに通用しなかったけれど、私は性懲りも無く番外編のこのシーンであの音楽を思い浮かべて、巡り巡るみたいな、運命に弄ばれているみたいな、輪廻から抜け出せないみたいな、宿命と対峙せざるを得ないみたいな、彼らが巡り会ってしまったことみたいな、歴史は繰り返すみたいな、そんなことを想像せざるを得ないなぁと思っているのです。




番外編の中で岩ちゃんは及川さんに対してたくさんの呪いをかけていて、その中のどれが予言になっているのか、もしかしたら全てなのか、今はわからないけれど。


でも、この番外編のタイトルが作品の冒頭ではなく最後に示されているということが一番の明確な呪いであり、祝福であると。そう確信しています。



番外編のタイトルはぜひ、コミックス17巻で。



ドラマ『弱虫ペダル』で手嶋さんがちょっと間抜けに見えたことについて考える

※このブログは個人の感想です。




先日ドラマ『弱虫ペダル』第6話が放送されました。
合宿3日目、1年生と2年生のインターハイ出場を賭けた戦いです。
アニメ版を観たときはもう2年生にボロ泣きだったんですが、ドラマ版を観ていたらあれっ?と思うところがあったのでこっそり声を大にして言いたいんですけど、






いや手嶋さんそんな間抜けじゃないし!!!







そんなわけで今回「なぜ私は手嶋さんがちょっと間抜けに見えたのか」について本気出して考えてみたので書きます。ただ単に私自身の心の整理がしたかっただけ。
先に言っておくと最終的にはドラマを絶賛します。






● 間抜けに見えた理由


振り返ったところをまともにリプレイされたから。




いきなり答え書いちゃった。
でもこれに尽きると思うんです。


1年トリオが手嶋さんを追いかける最後の登り900m。
万策つきて、仕掛けたのは小野田坂道。
この追走劇は手嶋の作戦通り60秒で幕をおろすのか!?それとも……っ!?
っていうあのシーンです。
今更ですがネタバレがありますので未見の方はご遠慮ください。





「3‼︎2‼︎イチぃ‼︎ゼロ‼︎」……
60秒間リードを死守しきった手嶋さんは、安堵し思わず後ろを振り返ります。
ところがまさにその瞬間。
手嶋さんの横を小野田くんが抜き去っていったのです!!!



のとこです。もっと細かく言うと



「3‼︎2‼︎イチぃ‼︎ゼロ‼︎」……
60秒間リードを死守しきった手嶋さんは、安堵し思わず後ろを振り返ります。 ←ココ ‼︎
ところがまさにその瞬間。
手嶋さんの横を小野田くんが抜き去っていったのです!!!



ココまともにリプレイしちゃうのどうなんでしょうかね。
これリプレイされたら、私が手嶋さんだったらクッション一発くらい殴ってる。
しかも2回リプレイ……だと……
せめて1回目はわかる、小野田くんの件映したいもんね、でも2回目の後ろからのリプレイなくてもよくない!?!!!!全部で3回だよ!!ねえ!!!そんでもう後ろにいなくて「!?」ってなって前に向き直るところもリプレイされちゃってるのなんなの!!!私ならクッションの中身出してる!!(破ると掃除が大変そうなのでやめておく)
私もう手嶋さんに完全感情移入しちゃってるから、ここで主題歌流れて盛り上がってる感出されてもそのグルーヴにうまく身を投じられないですよね。。。あんなに好きだった『スキルフラワー』、このシーンだけはちょっぴり甘酸っぱい。ひょっとしてこれが…初恋…?



さて、おさらいするとドラマ版の流れは下記の通りです。「←」はなんかカメラワーク的なもの。


・ゼロで手嶋安心(スロー)
・はぁっと一息ついて後ろを確認 ←前から(スロー)
・後ろを確認リプレイ1 ←ちょっと引きの前から、横を小野田が過ぎる(スロー)
・後ろを確認リプレイ2 ←後ろから、同じく横を小野田が過ぎる
・小野田がいないと気づいた手嶋、前を見る ←後ろから
・前を見るリプレイ ←前から
・手嶋前方に小野田確認 ←前から(スロー)
・走り抜ける小野田 ←前から、スロー解除で主題歌イントロ流れる





あれ?なんかこうやって冷静になって見てみると、別にそんなに悪くないような気がしてきますね。じゃあ何が私をエントリー一個作るまでに駆り立てたのか。
せっかくなのでここで、アニメ版を見てみましょう。


● アニメ『弱虫ペダル』 RIDE.16 一点突破


アニメ版の流れは下記の通り。


・ゼロで手嶋安心
・「やった…ふり切った…」
・はぁっと一息ついて後ろを確認 ←後ろから
・小野田の声「うわああああ」 ←まわる車輪アップ
・後ろを確認している手嶋 ←横から、後ろを小野田が過ぎる
・小野田が手嶋を抜いた瞬間(手嶋は気づいてない) ←上から、スロー
・手嶋抜いていく小野田の気配察知、確認 ←アップ(スロー)
・遠ざかっていく小野田 ←後ろから



あ、やっぱりこっちの方が好きかも。ドラマ版よりかなりスマートな印象です。


見比べるとドラマ版で手嶋さんが間抜けに見えた理由がすごくわかりやすくて、ひとつはさっきから書いているように「リプレイを多用していること」。そのために、映像が冗長でモタついた印象になってそれがすべてリプレイ対象の動作をしている手嶋さんのイメージに覆いかぶさってしまっている。2つ目は、「小野田が抜いたのを手嶋が知るよりも大分早く視聴者に教えてしまっていること」。後ろを確認するところのリプレイ1でもう小野田くんが映ってしまっているので、視聴者はそれを知った状態でリプレイ2と、手嶋さんが前に向き直るくだりを見ることになります。さらに3つ目は、その手嶋さんが前を見る前に「一瞬、横を見た」こと。たったワンアクションなんですけど、これがあるだけで手嶋さんがキョロキョロしている、つまり「小野田がどこにいるか全くわかってない」感が増してしまっている。これ、ここでまだ画面に小野田くんが映ってない時なら全然いいんですけど、私はもう手嶋さんが小野田くんに抜かれたところを2回も見ちゃってるので、それでもまだ気づいてない手嶋さんが鈍臭く思えてしまうんですよね。


対してアニメ版はというと、手嶋さんが振り返ってすぐ「手嶋が振り返っている間に小野田が抜いていく」という画になって、私が「あ、抜いたんだ!」と理解した時には手嶋さんもすでに気づいて小野田くんを目で追っています。カット割りのテンポがいいので「手嶋が気づいていない」という描写も抜き去るほんの一瞬を捉えた感があって「自分が死んだことに気づいてない」みたいな味が出ているし、そのあとの手嶋さんの目線から察するに気づいたのは「抜かれきった後」ではない感じなのでそのほんの一瞬の間に手嶋さんは状況を理解したんだ!という「普段はものすごく仲悪いけどいざっていう時あいつの速さに唯一ついていけるライバル」みたいな味が出てて、なんていうかあれです、要するにアニメ版には「志村後ろ!」タイムがないのです。「手嶋〜、うしろうしろ!」つって私そんなことのためにスカパー加入したんじゃない!!!
もしかしたら、ストーリーを全く知らない状態で見たらドラマ版くらいリプレイがあってちょうどいいのかなと思うんですが、個人的には、状況を飲み込むためのタイムラグはアニメ版の小野田くんの声と車輪のアップを挟むだけくらいがしっくりきます。


でもドラマ版は小野田くんが抜いたという感動を噛み締めるだけの余韻があるし、手嶋さんのこの時点でのヒールっぽさが増して立ち位置的にわかりやすくはあるので、どっちがあるべき姿とかではなく、どの描写に重きをおいてほしいか、どういう解釈で物語を見せてほしいかっていうものすごい個人的な好みの話なんですけどね。すみません。





では原点に立ち返って、原作ってどんな感じだったっけというのを見てみます。



● コミックス『弱虫ペダル』6巻 RIDE.53 限界60秒


原作の流れは下記の通り。


・ゼロ‼︎
・「………」
・「やった…ふり切った…」
・後ろを振り返る手嶋と横を抜き去る小野田
・見開いている手嶋の目
・遠い小野田の背中と手嶋の背中



このシンプルさ。なんとたった8コマ、およそ3ページです。しかもそのうち2ページは見開き1コマ。
ドラマ版でいうとこれくらいになります。



・ゼロで手嶋安心(スロー)
・「やった…ふり切った…」
・はぁっと一息ついて後ろを確認 ←前から(スロー)
・後ろを確認リプレイ1 ←ちょっと引きの前から、横を小野田が過ぎる(スロー)
・後ろを確認リプレイ2 ←後ろから、同じく横を小野田が過ぎる
・小野田がいないと気づいた手嶋、前を見る ←後ろから
・前を見るリプレイ ←前から

・手嶋前方に小野田確認 ←前から(スロー)
・走り抜ける小野田 ←前から、スロー解除で主題歌イントロ流れる




これを見ると、漫画がいかに時間を削って削って描かれるべき瞬間だけを切り出しているかがよくわかります。そして、動かなければいけないアニメやドラマが、いかにその削られた時間を補間しているのかも。
ここのシーンに限るとドラマのほうは補間というより繰り返しを足しちゃってるんですけど、それを取り払ってみると実はひとつひとつのカットやアングルはかなり原作に忠実です。逆にアニメの方は結構オリジナルの演出になっていますね。アニメーション表現においてはこちらのほうが小野田くんが抜いたという事実が映えるのだと思います。



それにしても原作、今更ながらにスピード感と迫力がすごい。
抜かれたシーンの見開き、たった1コマで瞬間を切り取った画のはずなのに、手嶋さんの顔の横に描いてある「〃」だけで手嶋さんが振り返ったアクションまで見える気がするのほんとすごくないですか。iPhoneのなんかちょっとだけ動く写真かよ。
でも一番ハッとしたのはその前のページで手嶋が安心したところで、抜かれるとこ1コマなのに手嶋の安心の描写に3コマ使ってるんですよね。ここの手嶋の気の緩みが時間の流れの弛緩にも繋がってて、読者も油断してページをめくらせてからのドーン見開きっていう、この振り幅…!!緊張と緩和の逆バージョンみたいな、緩和させてからの緊張っていうそういうテンションの緩急のつけ方がめっちゃ巧みですよね……ドラマ版は緊張前の緩和にあたる台詞(「やった…ふり切った…」)をカットしていることで、話の展開のダイナミズムが弱まってメリハリがうまくついてないように感じられることも、手嶋さんの間抜けに見える面を助長している気がします。台詞だけ見たら完全に勝ったと思ってる漫画のほうがよっぽど間抜けなはずなんですけどね。キャラクターイメージを形作るのは見た目と台詞だけじゃないんだなって思わされます。




● ドラマ版について


ドラマ版ディスって終わりみたいの嫌なんで念のため付記すると、ドラマ『弱虫ペダル』、他にも「5人全員だ!!!!」のとこ正面から撮ってほしかったなとかなんか色々あるんですけど、全体的に原作に忠実で尊重されてて、とってもいいです。


だって、原作とコマレベルで比較できるってすごくないですか?あれですよ、知らないうちに手嶋さんが女キャラになってたとかないんですよ。6話だけじゃないんです、1話からずっとそんな感じです。すごくないですか????今まで原作もの見てるとき「なんでそこそーしちゃったの!!!!!どうして!!!!!やめて!!!!」のストレスめっちゃ大きかったんだなって気づかされたレベル。これだよ……この精神だよ私の求めてる実写化…………。


それに加えて背景が私たちの生きてる現実世界(しかもカラー)になってるので、修善寺サイクルスポーツセンターのドローン使った映像とかはリアルな景観の壮大さや自転車の爽快感みたいなのが出ててかなり良かったです。


キャラクターに関しても、若干解釈違いみたいなのを感じるところもありましたが、俳優さんの演技見てたら全然気にならなかった。このシーンではちょっと間抜けに見えてしまったけど、T2ほんと良かったんですよ……。鳴子の赤髪と巻ちゃんの緑髪と真波くんの髪型の落とし所はほんと綺麗に決まりすぎてて大好き。あと箱学のみなさんのキラキラ感なんなんですかね?それでいてキャラクターのイメージを損ねないとか夢かよ…。


個人的には2.5次元ドラマの夜明けぜよくらいに思ってて、若干安っぽいけどだからこそ大人の事情の介入を受けない超原作尊重もの、このジャンルはまじでもっと発展してほしい。




しかしこうやって映像と比べながら読むと、漫画って本当に表現技法が豊かですね……。このあとの「RIDE.56 最後尾の小野田」で今泉と鳴子がちぎられた小野田を助けに行くかどうかで揉めているところとか、吹き出しの形やガサガサ感で声のボリュームや勢いがわかるしフォントの使い分け、傍点、文字の大きさ、吹き出しの色で言葉のニュアンスや強調したいところも伝わるし(実際に声に出した時にその台詞に強いアクセントがつくとは限らない)、コマの大きさや形、ありとあらゆる手段を使って時間の流れにメリハリをつけて読者の意識や注目点を操作している。

「ロードレースには常に勝者は1人しかいない!!」
「3人で仲良く敗退することに意味はない!!」
「あいつは追われるよりも追いかける時の方が格段に速い」


すべて同回の今泉の言葉ですが、もし台本に起こしたらさらっとこうなってしまうこれらの台詞、文字だけだと一番下はビックリマークがついてないからそんなに重要ではなさそう、上2つはまあ同じくらいの気持ちかな?くらいの印象ですよね。でも漫画で読むと全然違う。
これをアニメで声優さんがどう演技しているか、ドラマで俳優さんがどう演技しているか、そして原作の表現とその印象にどう違いがあるのか、見比べるとかなり楽しいです。メディアミックス作品全てが原作を尊重しているからこそ成立する奇跡の遊び……何より、その源流に位置する舞台版『弱虫ペダルの漫画とは違う削ぎ落とし方とい っ た ら …!!!ウェルカムレースとか漫画・舞台・アニメ・ドラマの三つ巴ならぬ四つ巴でまじで表現の異種格闘技戦です。ドラマはあと1話しかないけど…。



あっそういえば2017年1月18日(水)に!!ドラマのBlu-ray & DVD BOXが!!出るんだった!!!!


www.bs-sptv.com



レンタルは2/15からだそうなので、ちょっと興味を持たれた方は是非。

「入野自由マジすごくね」──ミュージカル『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』を観た

先日、ミュージカル『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』を観ました。






あまり作品に関係がないことなのですが、出演されていた入野自由さんに関してもうひとつ強く思ったことがあったので書きます。

※すべて私個人の感想と思い込みです。あと、私が知らないだけっていうのは重々承知した上で書いてます。





おいなんの話だよってところから入りますが、
クドカン以降、等身大の若者の言葉を台詞として書けるテレビドラマ脚本家が出てきてなくて、テレビドラマにおける若者像のアップデートが滞っているような気がしています。


クドカンの書いた『池袋ウエストゲートパーク』や『木更津キャッツアイ』の脚本には、2000年代の若者たちの言葉が生き生きとしたリアルな台詞としておさめられていました。

佐藤隆太さんや塚本高史さんはまさに2000年代若者言葉のネイティブスピーカーで、彼らこそがクドカンの書く台詞をリアルにしたと思うし、
ジャニーズの長瀬智也さんや岡田准一さんはこの若者言葉の型にうまくハマったことでわかりやすいキャラクターとしての魅力を放つことができたと思います。


でもいま、2010年代の若者の言葉はまだあまり台詞化されていないような気がしてて、たぶん「マジすごくね?」とか「できますん」とか「ぶっさんの葬式ぜってーいかねーかんな!!」じゃないんですよね、彼らのリアルな言葉は……




ところが。去年、個人的に結構衝撃的な発見をしました。
その未だ台詞化されていないはずの2010年代の若者の言葉を、ネイティブに発話しているキャラクターがいたのです。



おそ松さん」のトド松。
入野自由さんです。




台詞が明確に若いわけじゃないのに、イントネーションやトーン、リズムや間など非言語的な部分がとにかくネイティブ。2010年代の若者の台詞のステレオタイプはこの人から作れるんじゃないかと思ったくらい。


ネイティブスピーカーはたくさんいても、それを芝居の上にのっけて人に届けるレベルで発話できる人はそうそういない。芝居の型ができてない今ならなおさらです。




今回、ミュージカル『ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ』でそんな入野自由さんの舞台上での姿を初めて見て、なんて端正な演技をするひとだろうかと驚きました。


当たり前ですけど、2010年代の若者らしさなんて微塵も見せない。彼は1880年代のテオであり、ゴーギャンであり、ゴッホの父であり。


なにこの人バイリンガルじゃないかと。清らかな日本語と、雑多な若者語のバイリンガル。文語と口語を軽やかに行き来するひと。
とても面白いと思いました。


もし私が、日常会話でいきなり教科書に載っているような言葉でおしとやかに話し始めたら周りは戸惑うでしょう。
逆に、たとえば結婚式のスピーチなどで「新婦マジすごくね?」とか言い出したらどんなに賞賛の気持ちがこもっていてもとりあえずいったん絶交されるでしょう。それはわかる。
でもじゃあ「僭越ではございますが…」と自分が違和感なく綺麗に言えるか、それを周りに違和感なく受け止めてもらえるかって話です。多分それは、言い慣れているかによる。



同じ日本語でも、その場その場の雰囲気に合った言葉があります。それを正しく選び取ることは、そんなに難しいことではありません。
でも、その言葉に合った発話ができるかどうかは別の話です。敬語、タメ口、文語、口語、お父さんことば、赤ちゃんことば。それぞれに合った発話の仕方があります。普段使い慣れていない言葉は、どうしても違和感が生じるものです。



その点、入野自由さんは「大体言い慣れてる」。




役者として舞台的な台詞回しに長けているのはわかるけど、その裏であんな若者らしい発音ができるんだもんなぁ。
いったいこの人はどれだけの日本語を聞き手に渡してきたのか。声優として、俳優として、歌手として、入野自由として。
齢28にして芸歴25年、その中で発し続けてきた数々の言葉が、彼ひとりの中に積み重なって層をなしてる。




え、入野自由マジすごくね?




しかも!!歌が!!普通に上手い!!!
彼は節のついた台詞すらも、綺麗なビブラートやファルセットを織り交ぜて客席に言葉として届けてくれるんですよ。



こんな役者がいるのだからはやく2010年代の若者を描けるドラマ脚本家が出てきてほしいし、入野自由さんにはそんなことにこだわらずに端正な日本語を話す脚本もそうでない脚本もたくさんやってほしい。



そして、2010年代のうちに今の若い役者さんたちに寄り添うような、彼らにとってのリアルな言葉を紡いでくれるようなドラマが見たいな、とふと思いました。

ハイステ再演全景で思わず巻き戻したシーンメモ

先日、DVD「ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』 Documentary of “頂の景色”」が発売されました。



ドキュメンタリーDVDに特典がついてきたと思ったら舞台本編(以下、「寄り」)で、もう一個特典ついてきたと思ったら舞台本編の全景映像(以下、「全景」)って何言ってるかわからないけど最高なDVDとなっております。


全景のほうを見終えたので、思わず巻き戻してまで見直してしまったシーンメモ。寄りはまだ比較程度にしか見れてないです。


全部書いたら長くなりすぎるのでベスト3にしてみたんですけど、OPは私の中で3万回くらい殿堂入りしてるので省略。
1位のシーンにライビュや配信で気づかなかった私の目は!!!!まじで!!!ふしあなか!!!!!




第3位 OP前「なんで居る!!?」

ライビュで見たときは、初演と立ち位置逆になったなーなんでだろなーくらいにしか思ってなかった。
でも全景で見ると、位置から照明から徹底して影山の顔を見せないように演出されていることがわかりますね。寄りだと影山の顔も見えるんですけど、ここはきっと「観客は影山の表情を知ることができない」が正しい状態なんだろうな。
その演出意図はわかりませんが、こうなったことによりむしろ影山のもう一人の主人公感が増してるのすごく面白い。初演は運命の二人が出会った(日向に影山が準じている)、って感じだけど、再演は日向が運命の相手に出会った(影山が日向に準じていない、ここで影山の物語は語られていない)、って感じ。
あと初演って「日向も影山も観客側を向いて立ってるけど劇中の二人は向かい合っている」というものすごい演劇らしいお約束を使ってるんですけど、再演は実際に二人が向かい合ってて、うわっ、これが本来の形じゃんっていきなり頭殴られたような気づきを得ました。



第2位 青葉城西戦Starting orderの月島

ポーズに至るまでの動きがめっちゃかわいい。月島らしからぬキュピーン感。
ガチャみたいなデフォルメが気持ちよくてつい巻き戻して見ちゃう。何度でも見れる。ここだけgifにしたい。



第1位 青葉城西戦「今!!!ココだろ!!!」

もともと初演から、「スパイクを打った日向の着地とともに後ろに立つ光の当たらない不敵な影山の姿が現れる」というめっちゃかっこいい演出で好きなシーンではありましたが、再演ではさらに磨きがかかってて興奮しました。


まず影山のトスなんですけど、初演ではボールの動きを表現する照明の煽りだけだったんですよね。ここに再演から追加された緑レーザーがすごい効果的ですよね。。チカッくらいなんですけど、まじ閃光ライオット。わたし以前のエントリーで「日向の速さや高さはもっと表現できるはずやで」的な偉そうなこと書いてたんですけど、このレーザーは変人速攻の速さ、もっというと超常的なことが起こるという予感や非日常性をすごい演劇的に表現してるので気づいてなかったわたしは穴があったら入りたい。



そしてそのあとに続くシーン。私、今更気づいたんです……!!影山の上げたトスを打つために跳ぼうと羽ばたく日向の後ろで、影山も全く同じ羽ばたきのモーションをしていたということに……!!!
こんな大事なモーションを!!!見落として!!!なにが「ハイステ感想メモ」か!!!


色々解釈のしようがあると思いますが、私はこれをどストレートに影山の気持ちも一緒に飛んでいるということであると理解しました。さらにすごいのは、影山は日向の方を全く見てない。日向は顔を上げてるんですけど、影山は下を向いて、羽ばたくモーションだけをやってる。これが……シンクロ………!!!日向にトスを上げた影山が、光の当たらない場所で、日向と同じ羽ばたくモーションやってるって、ほんとこれ以上ない抽象表現じゃないですか…!!!これ見た時「影山飛雄は飛ばないのに飛雄って名前なのこういうことかよ!!!」って思いました。日向翔陽、影山飛雄、日向を翔ばせて影で飛ぶ、そういうことかよって!!!体が名を表している……!
もしくは、舞台上の印象だけをダイレクトに言うなら、「日向の影となって、飛ぶ」。影には顔がないから、彼は下を向いているのかもしれない。





ちょっと思い込み強すぎな面ありますけど、もしかしたら見映えだけの問題だったかもしれないけど、とりあえずこれが影山飛雄をテーマにした創作ダンスだったら百点満点つけてる。身体で表現するって、本当に難しいことなんですよね。
初演だと単純に手を前に構えて屈んで待機してるだけなんですけど、その言ってみれば完全に単なる「余白」でしかなかったところへ、これだけの情緒が書き込まれていたことにめちゃくちゃ感動している。



で、個人的にこれのおかげで付随して綺麗に腑に落ちたのが、町内会戦「思わない!!」のあとの日向と影山が踊るシーンです。演劇的な表現とわかっていても、あそこで同じ動作で2人で踊るのちょっとだけ違和感あったんですけど、これもなんていうかあの羽ばたくモーションの延長線上にある気持ちのシンクロなのかよ……っ!ってなった。ついでに2人が手を離したあと、初演では余韻に浸るように2人向かい合って頷きあってたところを、再演ではお互いのことは見向きもせず、はっと我に返ったように日向は手を上に、影山は手を下に見つめたままぐっと噛み締めるふうに変更したことで、感傷的な面だけでなくリアルにスパイカーとセッター2人の個人がそれぞれ手応えを感じたっていうシーンになっててそこもすごく良かった。




いやでもほんとあの羽ばたきに気づけただけでもこのDVD買ってよかった……



せっかくなのでここで本編ドキュメンタリーの木村さんのあの言葉を振り返ってみましょう。


「影山飛雄です。舞台上で羽ばたいてきます。羽ばたくのは僕じゃないけど。滑走路を作ります、日向に」




この言葉の全てが、あのモーションに詰まってた。





とりあえず声を大にして言いたいのは、

全景映像って、素晴らしいですね。



以上

ハイステドキュメンタリー上映会メモ

先日、DVD「ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』 Documentary of “頂の景色”」の舞台挨拶付き先行上映会に行ってきました。
そのなかで個人的に好きだったくだりメモまとめ。木村達成さん中心、超ニュアンスです。Twitterであげたものに文字数削ったとこだけちょっと加筆してざっくりまとめました。



ステージナタリーさんのレポートはこちら。
natalie.mu




◆登場
司会者さんによる紹介とともに右から日向翔陽役の須賀健太さん、影山飛雄役の木村達成さん、月島蛍役の小坂涼太郎さん、山口忠役の三浦海里さんの順で登壇。司会者さん+4人で並んで椅子に座ってトーク。
その席が右から小坂さん、須賀さん、木村さん、三浦さんだったので、小坂さんがキョロキョロしながら須賀さんの横に移動していって早速可愛い。



◆最初の挨拶
木村さん「おはようございます!影山飛雄役の木村達成です。今日はこんなに広い会場で…アイアシアターくらいあるんじゃないかっつってねよろしくお願いします!」
自分でぶった切っていくスタイル



◆一足先に映像を見た感想(須賀さん)
須賀さん「みんな若いっていうか、初演の時のたつなりが!たつなりがまんまるで!」
三浦さん「でも健太くんも(自分の髪の毛をななめに触って)こんな感じで」
須賀さん「いや髪型とかの話じゃなくて」



◆一足先に映像を見た感想(小坂さん)
小坂さん「見てて、ああ僕らここで仲良くなったなーみたいなのはありましたね」
須賀さん「そんなのあった?あっ、この時!みたいな?」
木村さん「そんなターニングポイントみたいな」
須賀さん「恋愛みたいな、俺たち、ここから…みたいな」
小坂さん「ありました。今度一緒に見ましょう。ここ!って言います」
須賀さん「なんでお前と2人で一緒に見てそんなんやるんだよ。つまんねっ!」



◆公演の思い出
三浦さん「地方だと皆でご飯とか行くじゃないですか。串、串…やき?大阪…串揚げ?揚げ串?食べたよね?串…」
小坂さん「串?」
木村さん「串」
須賀さん「串揚げ?」
壇上で串ゲシュタルト崩壊


三浦さん「串揚げ!食べたりしました。合宿みたいで楽しかったです」


木村さん「公演のあと、皆で銭湯に行って。ここ行こうとかって調べて。疲れをとって、次の日に備えてました。そんであれですよ、最後はコーヒー牛乳!」


小坂さん「健太くんと飲んだずんだシェイクがとても美味しくて忘れられないんです」
木村さん「一番の思い出ずんだかよ」
須賀さん「あんだけ色々あったのひっくるめてずんだシェイク!?」
小坂さん「公演以外です」
須賀さん「(ずんだシェイク)行きと帰り飲んだからね」



◆初演から変えたところ
木村さん「この間久しぶりにバレーやったんですけど、くっそほど疲れました」
という話の流れから
木村さん「初演と再演の違いなんですけど、座るようにしました」
須賀さん「座るから俺が行かなきゃいけないんですよ」
木村さん「座ることによって他の人が来てくれて変化が生まれるので、(演出の)ウォーリーさんも面白がってくれて。これがベストかなと」
須賀さん「あなたにとってはベストかもしれないがおれは…?」



◆役作りで苦労したこと(木村さん)
木村さん「うーん、ぼくはまんまですから」
司会者さん「クールで熱いというような」
須賀さん「クールではない」
素早い否定


木村さん「クールではないんですけど、これやったらあとでどうなるとかは考えないですし、言いたいことは言います」


木村さん「だからアドリブをバンバン入れるのも抵抗ないですし、でもあえて変えずにいたところもあります」
須賀さん「でも舞台上で一番笑うんです」
木村さん「ぼくはゲラなんですね。そしてマイクがうまいこと拾ってしまうと」
司会者さん「影山が笑ってる!?と思った方もいたかもしれませんね」
木村さん「笑いますよ!人間ですから!」



◆役作りで苦労したこと(小坂さん)
小坂さん「疲れてるから肩で息したいんですけど、月島はそういうの出さないからできなくて、鼻で(息をして)ンフー、ンフーって。あとは、眼鏡がずれるとか…」
四人「……」
木村さん「…ボール投げるとこだろ!」
壇上全員それな感


木村さん「日向影山と月島山口が初めて会うところで、ピリッとしなきゃいけないのに、ボールを変なところに投げるんですよ」
須賀さん「ボールを後ろに投げなきゃいけないんですけど、一回こうなった時があって(自分で自分の額にボールをあてる)」
須賀さん「ボールが前の客席にいっちゃって、えええ!?みたいな。お客さんにとってもらったんですけど。そのシーン、唯一、舞台上全員俯いてました」
木村さん「田中役の塩田さんもゲラなんで、プスって音をマイクが拾いましたね」
小坂さん「僕はこうやって一生懸命(クールな)顔を作って。あれからボールを投げる練習しましたね。」
木村さん「こっち(右後ろ)かこっち(左後ろ)にやるだけだろ!」
三浦さん「最終的にバッグのせいとか言ってた」



◆ウォーリーさんに言われて印象的だったこと
木村さん「僕は『たつなりはいつ本気になるの?』と言われて。いや、本気ですけど、って言ったら、『俺にはそうは見えないんだよね。一番いい時を知ってるから』って」


須賀さん「俺は一度も褒められたことないんです」
木村さん「打ち上げとかでもないよね」
司会者さん「信頼の証という感じでしょうか」



◆一番ギャップがあった人
三浦さん「僕はたつなりくんです。猪野広樹くんという人もそうなんですけど、(木村さんのほうを見て確認しながら)人見知りなんですよね。だから話しかけんなオーラみたいなのがあって、絶対怖い人だと思ってて。でも喋ったらなんか結構、ユーモアの人で」
木村さん「ユーモアの人」


三浦さん「あと健太くんにも偏見あって、いっぱい仕事してるから絶対コレ(天狗)だと思って」
須賀さん「偏見の塊じゃねーか」
三浦さん「でも全然そんなことなくて優しくて。俺ひねくれてんなー!烏野はそういう人多いです」
須賀さん「もはやお前の問題だよ」



◆特技披露タイム
司会者さん、須賀さん、木村さん、三浦さんの「特技をお持ちの方がいるとか?」という無茶振りの流れで
小坂さん「得意ではないんですけど、誰もディスらないラップを…」
小坂さんの言動はとても平和



◆ラップ披露
テーマは『烏野一年生』
小坂さん「yo,輪廻転生,してきた一年生,yeah,ユーモア,ユーモア,健太くん」
会場爆笑



◆ラップ披露後
須賀さん「最初なんて!?」
小坂さん「輪廻転生」
須賀さん「してきてねえから!俺ら別に輪廻転生してきてるわけじゃねえから!」
木村さん「入りのインパクト強すぎてビートも刻めないわ!」
ラップに合わせてボイパやってたたつなりさん(何でもできる)


木村さん「韻も踏んでないし」
須賀さん「輪廻転生、烏野一年生、で踏んでるんじゃね?」
小坂さん「そうです」
須賀一派には伝わってた



◆ドキュメンタリー見所(三浦さん)
三浦さん「初演の頃とかみんな全然顔つきが違って、盛ると、整形したんじゃないかってくらい」
須賀さん「盛るなよ」



◆ドキュメンタリー見所(須賀さん)
須賀さん「先程も言ったんですが金田一役坂本くんの眼鏡を…このサイズ(スクリーン)で。とかいって誰も笑わなかったらどうしよう」
小坂さん「(マイクにのるかのらないかくらいの声で)大丈夫です。絶対、大丈夫です」
後輩からの力強い太鼓判



◆その他、断片的にうろ覚えな発言


・一足先に映像を見た感想
木村さん「初々しい」


・ドキュメンタリー見所
木村さん「これを見ると、ぼくたちがどういう気持ちだったり、意気込みでやってるのかわかっていただけると思います」


・最後の挨拶
木村さん「今日はこんなに広い会場でお話しする機会をいただけて光栄です」
須賀さんがうんうん頷いてた


・役との違い
小坂さん「役では仲悪いんですけど、健太くんにはお世話になってまして」


・役との違い
三浦さん「役でいうと月島はツンツンで山口はデレなんですけど、実際は逆で。僕が結構言う方なので」


・新作公演について
須賀さん「求められるものが多いと感じてますし、人数も増えて、お祭りみたいにできたら」


・ドキュメンタリー見所
小坂さん「寝癖とかです」


・ウォーリーさん
木村さん「ウォーリーさん、一番笑ってくれるんですよ。マイク通して笑ってくれる」
木村さん「ただウォーリーさんだけ笑ってない時あるんすよ」





◼︎とても個人的な印象と感想

・文字でうまく表せないのがとても残念なんですけど、須賀さんのつっこみは、イジリとかとはちょっとニュアンスが違ってなんていうかお兄ちゃんが諭してくれるみたいな感じがあります。


・トークは30分ほどだったのですが、司会の藤田さんがハイステやハイキュー、キャストのツボをきっちりおさえた上で質問・進行してくださるので、とても充実した内容だったように思います。何より楽しかった…ありがたや…


・見た目の印象だけでいうと右から左に行くにつれてどんどんチャラくなっていくのがかわいい。(小坂さん→須賀さん→木村さん→三浦さん)
役だと真逆な感じなので余計かわいい。(山口→影山→日向→月島)


・須賀さんはつねに全体(壇上だけじゃなく、会場のお客さんや関係者含め)を見てバランスをとってる印象。全方向へのつっこみが素晴らしいし、本当にしっかりしていらっしゃる…。
木村さんは自由なようでいて一番「いまレールに乗っているか」に敏感だった印象。話が逸れ過ぎたりぼやけすぎる前に本題に立ち返った回答をしてそれとなく軌道修正をはかっていたような気がしました。茶髪センターわけでちょっと悪そうでかっこよかったです。
小坂さんは本当に三大可愛い後輩感。会場の爆笑はだいたい小坂さんの言動から。あと健太くんにお世話になっておりますオーラがすごい。心底慕ってる感じ……ええ子や……。そして須賀さんの人柄は推して知るべし。
三浦さんはご本人もおっしゃっている通りちょっとウェイウェイしてて、言い回しや語彙も3人とはちょっと違って面白い。常に違った角度から新鮮な風を入れてくれる印象でした。


・「たつなりはいつ本気になるの?」って、役者としての木村さんの本質を言い当ててるような気もして、すごくどきどきしました。気がしただけ。


・木村さん、調整してるかのような声の圧が印象的。軌道修正するときは声がよく通る。



以上

言いたいことはひとつだけ──舞台『Vamp Bamboo Burn』を観た

先日、劇団☆新感線 SHINKANSEN☆RX『Vamp Bamboo Burn~ヴァン!バン!バーン!~』を観ました。あらすじ等は公式サイトにて。言いたいことはひとつだけなんですけど、ネタバレなのでブログに。




以下ネタバレ感想。

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彗星は時代を並走する──映画『君の名は。』を観た

先日、映画『君の名は。』を観たので、その感想をメモ。ネタバレなしです。






新海誠」と「RADWIMPS」は、ある層には絶大な人気を誇るけども、一般的な知名度はそれほどではないという状態だったとの認識です。


その2つを掛け合わせて、
新奇性だけじゃ人は手を出せないから
「男女が入れ替わる物語」と「神木隆之介」という鉄板設定による親和性をぶらさげて
相変わらずの「長澤まさみの正しい使い方レクチャ」も忘れず
ついでに「上白石萌音」という才能もくっつけて大衆に売り出す。



それで興味を持たせて、結果みんなに面白いと思わせるってどんな能力なの?って思うんですけど、
この映画のプロデューサーである川村元気氏は26歳で企画した映画『電車男』(2005年)以降ずっと「マイナーぎりぎりにあるコンテンツを一気にどかんとメジャーに押し上げる」「ファン以外の人をその気にさせる」ということをやってるので、相変わらずすごいな、手練れだなと思います。




RADWIMPSが宇宙をキミにぐわんと結びつけてしまうように、新海誠が神をキミにそっと結びつけてしまうように、
川村元気氏が新海誠RADWIMPSとわたしたちの2016年の夏を大量のテレビCMによるぜんぜんぜんせからぼくはーで結びつけてしまった。



これから先あの歌を聞いたらたぶん連鎖反応的に『君の名は。』、2016年夏、『ポケモンGO』、『シン・ゴジラ』、「庵野やめろ!俺より面白いものつくるんじゃねえ!!」が思い出されるんだろうなぁ。



これが「ヒット作を生む」ということか。
よく「時代を彩るヒット作」とかいうけど、狙ってヒットさせるのってほんとすごいよなぁ。





と、映画を観る前は感嘆とともに若干うがった見方をしてたんですけど、
実際見たらもう、もう・・・!



新海誠の描く世界のきらめきがまぶしくてスクリーンが直視できない。
RADWIMPSの歌が響き渡るその余韻を邪魔したくなくて息ができない。
神木くんと上白石さんの声が可愛すぎて身悶える。



死ぬかと思った。



「一生に一度のワープをここで使うよ」的な世界観が映画館という空間で完璧に再現されてた。



そんでまた川村氏によって引き合わされた2つのコンテンツが相互にプレゼンし合ってるというか、
新海誠RADWIMPSの歌の聴き方を教えてくれているしRADWIMPS新海誠の映像の見方を教えてくれている。


これこそ最高のプロモーションビデオ。



ヒット作に御託はいらない。
いいものはいい!!



大勢の人が同じものを見て、様々な感情を抱き、自分の中だけには抑えきれない衝動に駆られて、記憶や体験を共有していく。


まるで彗星を見た時のように。


時代の中で輝き大衆の視線を集めるもの。
大衆の共通体験であるからこそ、のちに「あの年はこんなだったね」って、誰かと語り合えるもの。


これがヒットするってことなんだなあ。
















同じく川村元気氏の手掛けた今年公開の映画『何者』。
予告編で見たんですけど、同世代の憧れ或いはトラウマであろう朝井リョウと米津玄師に中田ヤスタカを掛け合わせるって、ほんと業が深い。